基山瑣末

主に小説、たまにその他の文章を書くよ。不定期ではあるけど更新することに関して吝かでない…

基山瑣末

主に小説、たまにその他の文章を書くよ。不定期ではあるけど更新することに関して吝かでない可能性が高いとまことしやかに囁かれているという話もあるよ。

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【短編小説】龍の影に酔う

「起きなって」  目を覚ますと、サエが顔を覗き込んでいた。幸汰は目を擦りながら上体を起こした。 「あと1時間で店開けるんだから急ぎなよ」  サエはそう言って部屋を出た。タッタッ……と階段を下りる足音がよく響いた。サエを見送り、幸汰は枕元へ目を遣った。乱雑に破かれた封筒から便箋が覗いていた。  幸汰は昨日会った兄の香輔を思い出した。唯一連絡先を知っている肉親であった。実家を出てからロクなやり取りもなかった兄からの突然の用件が、その封筒と便箋であった。  喫茶店で兄弟は互いに近況

    • 【短編小説】なげうった友

      1. 慌てて跳ね起き、時間を確認した辺りで、私は昨晩の自らの行動を思い出した。アラームを切っておいたのは他でもない私であった。しかし、自身の愚かさを恨む必要は生じなかった。これまでの生活のお陰で(あるいはせいで)、いつもアラームを設定していた時間の5分前に目覚めたから──ではない。私は今日、ハナから遅刻する気でいたのだ。 逐一時間が目に入っては気が急いてしまうので、私はスマホの電源を切った。マナーモードや機内モードではなく主電源から切るのは久しぶり、どころか初めてかもし

      • 【駄文】抱負のような、もとい自戒のような、あるいはもっと薄ら暗い御託

        「これからは不定期に投稿する」、といったような旨の文章を投稿したのが確か10月の頭であったから、3ヶ月以上筆不精であったことになる。この3ヶ月間、私の心は創作から離れていたというわけではない。単に、投稿に使っていた端末が壊れたがために、その代替品を工面する必要の生じただけの話であり、また、そこへ様々な要因の小さく重なり合い、気付けば年が明けていた。 ただ、やはり週1とは言わずとも、ある程度〆切のないことには書けないようだ。この3ヶ月間、投稿はできずとも書いて溜めておくことは

        • 【駄文】ただの述懐、あと供養

           そういえば最近文章を書いていないなと思った。最後に投稿した日付を見たら5月末であった。4か月の筆不精である。プロフィールも確認したら「毎週投稿する」という旨の文章のままであった。これはいけない。  やる気が削がれた、投稿の途切れた理由は簡潔に言えばそれだけである。私のやる気は酔いのようなもので、酒を飲めば暫く続くが、いつかは醒める。しかし、酒を飲みさえすればまた酔う。この場合、飲酒に相当する行為は創作に触れることである。  私はこれまでに投稿した自らの文章を読み返した。投稿

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        【短編小説】龍の影に酔う

          【短編小説】泥濘に落ちる

           目覚めるととうに昼を過ぎていた。そういえば私は弥奈のアラームで共に起きていたのであったと気付いた。  カーテンを開けると、強い日差しが目に染みた。顔をしかめて狭まった視界に、飛び上がっていく鳥が霞んで見えた。  軽やかに羽ばたきながら空を泳ぐ彼等は楽そうに見えた。増えぬ金、売れぬ本、反比例して堆く積み上がる駄文、恋愛、友人への劣等感、自責、自己嫌悪、その他諸々のシガラミ……私を縛り苛む全てをかなぐり捨てて大空へ駆け出していけるなら、どれ程爽快であろうか。  弥奈へ別れ話を切

          【短編小説】泥濘に落ちる

          【短編小説】黒狼の話

           全てへ納得する最善の方法は、今もまだ白昼夢か何かの中であると思い込むことである。  もぬけの殻になった部屋を見ても、私は驚かなかった。予想していたことがとうとう起きたのだ、それだけである。その内李緒は出て行くだろうなと分かっていた。端から噛み合っていないことなど明白であった。出会いからして恋愛とは呼べない代物であった。バーで飲んでいた所へ、恋人と喧嘩した李緒が半ばヤケクソ、酩酊も甚だしい状態で声を掛けてきたのである。そしてそのまま私の借りているアパートの部屋へ住み着いてしま

          【短編小説】黒狼の話

          【短編小説】なんかの華、柑橘の香り

           私は芸術が嫌いである。  机上の林檎を、これは知恵の実で、しかもそれが腐っているということは我々の知性の低下を暗に皮肉っている、とか言う。それに対し、林檎が知恵の実だというのは俗説で、旧約聖書にそんな記述はない、と口を挟む。林檎が林檎であることそのものを超えられはしないというのに。  何かが何かの象徴であるとか隠喩であるとか暗示であるとか、そういったものは全て、空へ浮かぶ雲が何の形に見えるかを議論しているようにしか思えない。そう見れば楽しい、面白い、それがいつしかそう見るの

          【短編小説】なんかの華、柑橘の香り

          【しゅーるなしょうへん】荷物

           宅配員の持つその箱に、私は全く覚えがなかった。懸賞などに応募した記憶も、通販で何かを注文した記録もなかった。ただ、宛名には、確かに私の名があった。  私はまず、その箱の重さに驚いた。宅配員から受け取った時に思わずよろめく程であった。この1辺約30センチの立方体に、ずっしりと、岩か何かの隙間なく詰まっている様子が容易に想像できた。  また、私は差出人を訝しんだ。この箱は「揚鶯斜美ら海」という人物から送られてきたようだ。どう見ても偽名である。一応検索してみたが、案の定1件も引っ

          【しゅーるなしょうへん】荷物

          自分のことを書いてみたよ。 https://note.com/glasses_samatsu/n/n795b11d9e6a2

          自分のことを書いてみたよ。 https://note.com/glasses_samatsu/n/n795b11d9e6a2

          【駄文】自分ヤッツケ

           入院患者の少女は、病床に臥せりながら窓の外を見ていた。それしか娯楽がないのであった。  ある時、少女はアスファルトの隙間から花が咲いているのを見つけた。種類は分からぬが、黄色く可憐な花であった。特に何を見るでもなく窓の外を見ていた少女は、その花を注視するようになった。花冷えの夜、大雨の後、人々が装いを変えながら雑沓を行き交う中、花は裸一貫でそこへ咲いていた。いつしか少女は自らと花を重ねるようになった。  ある日、見舞いに来た少女の母が尋ねた。 「何を見てるの?」  少女は答

          【駄文】自分ヤッツケ

          【短編小説】蜃気楼を恋う

           ああ、どうも、こんにちは。あなたが……あ、注文ですか?あなたが飲まれているそれは?では、私も同じものをお願いします。  しかし、随分と物好きですね、あなた。記者でいらっしゃるとか。意外です。いえ、悪口ではなく、というかあなたの外見や振る舞いに対して言ったわけでもないんです。記者よりはもっとこう、作家の方が好みそうな話ですから。ああ、変わった事件を取り上げていらっしゃる、成程。  当然ながら、私の遭遇した件についてはご存知なわけですね。ということは、まずこの話が本当か嘘かを議

          【短編小説】蜃気楼を恋う

          【短編小説】或る1日

           何も浮かばないまま徒らに時が過ぎていく。いくら時間という概念は元来あるものではなく、人間の便利のために生み出されたのだと言ってみたって、机上の時計は針を進めるし、締切は3日後である。私1人が拗ねたところで暖簾に腕押し、糠に釘。望むべくは人類皆が時間へボイコット。  白紙、白紙である。偏に私の性分が悪い。まず紙に書く所から始めねばならぬ。いきなりキーボードへ手を置いてみた所で、口も目も半開きでスペースアウトするより能のない私が悪いのである。いかに白紙を埋めたとて、それを打ち込

          【短編小説】或る1日

          【短編小説】贖罪

          1. 私と富士津西燭の出会いは30年前にまで遡る。  私の実家に彼の描いた絵が飾られていたのである。  その絵は、富士津が美大在学中に描いた作品だ。何のことはない、ただのシロツメクサの絵である。しかし、在学時から既に稀代の天才と囃されていた彼の筆力を以てすれば、8才の少年に画家を志させるに足る尤物となる。  富士津の絵は写実的である。だが、見た物をそのまま写すのならカメラの方が余程上手くやる。彼の絵は、写実で以て現実を凌駕しているのだ。儚さと可憐さ、そこに魅惑を加えた艶美と、

          【短編小説】贖罪

          【短編小説】混迷

           友人の死は私の下へ1番に知らされた。彼には身寄りがなかったのである。  遺品整理を頼まれた私は彼の借りていたアパートへ来た。寂れた2階建てであった。彼は売れない物書きだった。  外観に違わず、部屋の中も辛気臭かった。どことなくじめじめしていて、黴の臭いが満ちていた。何も面白味のない簡素な部屋だったが、ただ1つ、異様な存在感を放つものがあった。  机上の花瓶に、枯れた花が1輪挿されていた。花瓶の形と、萎れてだらりと下がるシルエットが相まって、老婆が衣服を乱しながら踊っているよ

          【短編小説】混迷

          【短編小説】カラス

            1.  スマホに表示された日付で今日がゴミの日であることに気付いた私は、急いで体を起こした。  まだハッキリとしないままの頭を覚ますために、カーテンを開けた。朝日が目に沁みる。 「アァ」  その鳴き声を聞き、私は身震いした。窓から下を覗くと、ゴミ捨て場にカラスが群がっている。私は即座にカーテンを閉めた。そして、今日ゴミを捨てることを諦めた。  私はカラスが怖いのである。  今のように、ゴミ捨て場にたむろするカラスには迂闊に近付かないでおこう、という程度の警戒心であれば多

          【短編小説】カラス

          【短編小説】臨淵

            1.  大家が兄の遺品を引き取ってほしいというので、私はこのアパートに来ていた。  兄は突然自ら命を絶った。一枚の絵を描き上げたあとに。遺品というのはその絵、即ち兄の遺作である。  大家から鍵を受け取り、私は兄の部屋へ向かった。  扉を開けた途端、私は思わず後ずさった。部屋の真ん中に、歪んだ蜘蛛のような黒い影が根を下ろしていた。全く実体を持つ影であった。キャンバスがイーゼルに立て掛けられているのだと気付き、私は少し安堵した。兄がこの部屋で自殺したという先入観が、ただ人

          【短編小説】臨淵