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未だにエルレイン様を上回る結論を見つけられていない【日記:2023/5/1】

テイルズ オブ シリーズだと、何だかんだ言って
『テイルズ オブ ディスティニー2』が一番好きかもしれない。
奥深くてやりごたえがある戦闘システムに、バルバトスを始めとする個性的なキャラクター、戦闘中の掛け合いボイスなど魅力的な点は多いが、個人的には一番気に入っているのはストーリー面・テーマの面だ。

テイルズ オブ シリーズと言えば、毎作品ともに重く難しいテーマを扱っているがディスティニー2はその中でもより哲学的。
『――――全ての人類が幸せになるにはどうしたらいいのか?』
本作は人々の救いの願いによって生まれた究極神とその化身である二人の聖女、彼女たちが人類救済のための方法を模索する過程を描いた作品です。
構図としては、一方の聖女『リアラ』が主人公の味方サイド、もう一方の『エルレイン』が敵方という感じ。究極神は最終盤までほぼ出てこない。
それで今日語りたいのは、敵の聖女である『エルレイン』の方。

『エルレイン』は敵というだけあって、かなり独善的で目的のためには手段を選ばないタイプ。自分の目的の邪魔になるとして、主人公の父親を含む英雄たちを殺害しようとしたり、レンズというエネルギー資源を求めて王城を襲撃したりとやりたい放題。物語的には明確に悪として描かれています。
なので、初めてプレイした子供の頃は『エルレイン』達は悪い奴で、『リアラ』たち主人公勢が正しいと思っていたのですが、大人になると感想が少し変わって来ました。
『エルレイン』は悪ではあるんですけど、救いの方法論に関しては論理的でリアラよりもよっぽど正しいのではないかと。

ストーリー中盤、『エルレイン』は彼女の最終結論として、人類全てを施設に収容し個々が望んだ夢を見せるという計画を立案し、そして実行します。
整然と並び、どこまでも伸びていくカプセルの回廊。青白く光り、どこか宗教的な意匠も見られるこの光景は見惚れるほどに美しい。

子供時代はリアラたちに同調して、これを押し付けの救いだと思っていたのですが、よくよく考えてみるとこの案は非常に優れています。
何より現実ではできない、他人と相反する欲望を他人を不幸にすることなく満たせるという点は素晴らしいですね。
例を挙げるとすれば、『ジョジョの奇妙な冒険』の吉良吉影が持つような、人を殺したいという欲望。殺される側の幸福を守るためには、彼に人殺しをさせるわけにはいかないが、彼から人殺しを取り上げるのは吉良吉影的には不幸なこと。彼のような人を含めて全人類を救おうとすると、どうしてもどこかで矛盾が起きる。
(人殺しは良くないことだから、吉良吉影のような欲望は持ってはいけないという議論はここではしない)

自由と平等は相反するもので、より多くの人が幸福を享受できるようにすると、多少の自由は制限せざるを得ない。しかしそうなると、制限された領域でしか幸福になれない人は犠牲になるしかない。
通常の現実では、この部分を解決するのはどうしても難しい。少なくとも他のSF小説や哲学者の思想なども見回しても、これ以上の解決策はまだ見たことがない。
(現実でもし吉良吉影も幸せにしてあげるには、クローンで殺される用の人間を作るとかぐらいしかないかと思う。よっぽどそっちの方が倫理的に問題ありそうだが)

そしてそれに対する『リアラ』の結論は、言ってしまえば感情論。
過程にこそ価値あり。非常に主人公らしく、私も個人的には好きで支持している考えですが、実際にアンケートでも取ったら『エルレイン』の方が全然票が集まりそうではありますよね……

皆が幸せになること。それは古今東西、現実でも創作でも多くの人が望み、考えてきたことだと思いますが、答えは未だに出ていない。
人の嗜好は千差万別で、一つには決まらないから。ほとんどの人が求める平和であっても戦争好きからしたらたまったもんじゃないわけです。

いつの日か、人類の文明が彼方まで発展してユートピアが誕生した時、一体どんな結論に至っているのでしょうか?
死ぬまでにそこまでたどり着くことはないでしょうから、SF作家の方に期待するしかないかな。『エルレイン』様以上の結論を私は読んでみたい。


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