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斎藤淳子:激変する若者の価値観 現代中国のシン・子育て事情

「人が多すぎる」と言い続けてきた中国に突然、急激な少子化の波が押し寄せる。中国の若者たちはなぜ、子どもから遠ざかっているのか?

近年、中国の出生人口は日本の数倍のスピードで激減を続け、2022年は956万人と総人口は前年比で85万人の減少となった。中国はついに長期的な人口減少時代に入った可能性が高い。 国連のデータによれば、、全国の合計特殊出生率は21年に1・16まで激減し、既に日本(1.30)を上回る「超少子化」が急速に進行している。

中国中央テレビ(CCTV)の分析では、これらの原因に(一人っ子時代の女児の中絶による)出産ピーク世代の女性(20~34歳)人口の減少、出産観念の変化、結婚・出産の先延ばしなどによる出産低下、さらには住宅、教育、就職など社会的コスト要因による懸念の増加などを挙げている。

結婚数の激減と離婚の急増も大きな要因だ。結婚率(初婚)自体はまだ日本(22年、4.20)よりも高く21年は5.22だったが、減少スピードは非常に速い。初婚人数でみれば、13年の2386万人から21年には1158万人と日本が1972年から約30年かけて経験した「半減」をわずか8年で達成してしまった。さらに、離婚率も日本(2022年、1.57)をはるかに上回り、4.35まで上昇している。中国社会は日本人の想像を超えるスピードで変化している。

なぜ人々は急速に結婚や出産から遠ざかっているだろうのか。次に、結婚と子育てをめぐる市井の声を聞いてみよう。

 子育てのお金も時間もない

中国で生きる若者らのホンネ

結婚・出産の阻害要因としてまず指摘されるのが住宅購入負担だ。一般的な住宅の購入資金として、日本では年収の15年分が必要だと言われるが、中国の4大都市(北京、上海、深セン、広州)では実に年収40年分の資金が必要になるという。また、国家統計局によれば、これらの都市では過去21年間で不動産価格が10.7倍に高騰しており、普通のマンションでも1億円を超えるのがザラだ。さらに、結婚時には伝統色の濃い農村部だけでなく、都市部でも婿家族に新居の購入や頭金の拠出を求めるケースが近年一般化し、結婚を望む世代にとって深刻な負担になっている。(詳細は拙著『シン・中国人』<ちくま新書>を参照)

日本で博士号を取得し、北京の有名大学で教鞭を執るAさん(32歳男性、18年に結婚、子どもなし)も住宅購入に頭を抱える人の一人だ。「買えない! 北京の住宅は東京と比べてもはるかに高く、自分の月給(約24万円)では手が出せない。北京で家を買う人はみんな金持ちの親の金銭的支援が前提です」

穏やかなAさんが、伏せ目で強く「無理ですよっ!」と吐き捨てる。有名大学の正規教員でも北京での住宅購入は至難の業らしい。

そして、将来の子どもの出産を決める要因を聞くと「お金と時間。僕は両方ない」とバッサリ。「妻は子供を欲しがっていますが、今は経済的にも時間的にも無理だから待ってくれと頼んでいる」のだそうだ。

「子どもは本当にお金がかかる。塾禁止? でもみんなこっそりやっていますよ。上海の12歳の親子に聞いた話ではピアノ、ダンス、水泳、バドミンドン。大学だって4年の学部卒じゃだめ。修士課程まで出さないと」と言う。続けて「それに、時間もない。大都市で食べていくのに十分な地位と財が先。子どもはなくてもいい」と語る。

一方、Bさん(34歳女性、既婚・子供1人、安徽省小都市の政府系外郭団体勤務)は夫の両親がBさん夫婦と同じマンンションに住んでおり、小学生の娘の送り迎えや夕食などの面倒、さらには財政面での支援など、子育てに関して彼らからの全面的なバックアップを得ている。しかし、それでも子供の教育には疲れているという。

平日の夜8時に娘の宿題の監督をする傍らでBさんはこう語る。「子どもの課外クラスはいっぱいあるし、受験のプレッシャーもあります。親子ともに息ができないほど教育の負担は重いです。宿題自体は多くないですが、うちの子はのろのろやってなかなか終わらないですし。その後はピアノの練習があり夜は遊ぶ時間もありません。ピアノのレッスンはこの地域では高めで1回5000円。今後は塾で受験用の英文法を習わせる予定で学費もかかります」

Bさんは、親の期待と地元の風習に流されるままに、大学卒業後の25歳で地元の男性と結婚し、翌年に子どもを産んだという。しかし、そんな彼女にも新しい考え方は浸透している。

「政府の(多産世帯に対する)優遇策なんか子どもの一生にかかる養育コスト全体から見たらわずかですよ。どんな優遇策が出ても私はもう絶対産みません。そもそも、子どもを産むかどうか、何人産むかは個人の選択。みんな自我が目覚めて、女性も独立してきていますし」

さらに、Bさんによれば、彼女の1991年と94年生まれの若手同僚たちはシングルのままでいることも良いと考えているという。「質の低い結婚をする位なら独身のままの方がいいわ。中国版TikTok、『抖音(Douyin)』の人生相談でも、姑との争いとか、浮気とか不幸な結婚がいっぱいですよ。今は離婚率も本当に高いですしね」と話す。

「(地元で)〝異種〟にはなりたくなかったから、すぐ結婚して出産しました」という伝統的な地方暮らしのBさんでさえ、独立や自由を語り2人目は絶対に要らないという。人々の結婚・出産観は急速に変化している。

北京の30代の独身男性(企業家)は、「恋愛は『面倒』な上、周囲の結婚生活が魅力的に見えません」と話す。「みんな大変そうですよ。家のローンや子どもの教育費などの経済的な悩みで頭を抱えているか、お金に余裕がある人は子どもの教育のことで焦慮しています。理想的な夫婦生活を送っている人なんて見たことない」。結婚を逡巡するのはお金以外の理由もあるようだ。

また、20代の北京の独身男性は、両親には内緒で子連れ離婚をした女性と付き合っているが、将来の展望を聞くと、「自分は子をつくる気は全くありません。子育てと教育のプレッシャーの大きさは今の交際相手が連れ子の養育に苦労していることを見れば明らかですしね。子どもを育てるのは大変ですよ」と語る。積極的な結婚や子育てをイメージできない彼らに罪はない。

資本・合理主義の広がりで

失われゆく情感世界 

政府は2016年、35年以上にわたり続いた一人っ子政策を「2人っ子政策」に改定し、21年には3人目も認める多産奨励策に転換した。 22年7月には「出産政策の最適化による人口の均衡ある長期的発展の促進に関する決定」を公表し、託児サービスの発展、育児休暇の強化、教育資源供給の改善、育児に優しい就業環境の構築、宣伝教育の強化など包括的な出産奨励策を策定した。

中央の号令に従って、地方政府ごとに具体的な対策を実施し始めており、例えば上海市では出産休暇を30日延長し、陝西省では第3子の父親に15日の育児休暇を与える取り組みが行われている。また、湖南省長沙市では第3子には1万元(約20万円)の一時金を支給し、公的住宅ローンの上限を10万元(約200万円)上乗せした。他にも山東省済南市では3歳までの第2子、第3子に毎月600元(約1万2000円)の期限付き月額補助金が支給されている。さらに、一部の公的機関では人事評価基準に子どもの数を加味するという、驚きの施策も新たに登場している。

また、住宅と並ぶ2大子育て負担と目される教育分野でも、親と子の負担削減策が導入されている。政府は21年7月に小中学校向けの“学習塾禁止令”を出し、一夜で全国の学習塾が姿を消した。また、長年保護者に課されていた宿題監督の負担に対しても厳格な対処策を示すなど、心配と焦りで爆発寸前に達している若い親たちのストレス緩和に乗り出している。

このように、政府は矢継ぎ早に各種の少子化対策を実施し始めているが、冒頭のデータと上記のインタビューを見る限り、人口減少傾向の反転の兆しは見えない。

最後に、中国内外の少子化の原因について考えてみよう。現代の中国は先進国の数倍のスピードで圧縮型の社会発展を遂げ、格差も急速に広がりつつある。そのため、今、成功しなければ取り残されるという焦燥感がことさら強い。また、科挙の歴史から培われた家族ぐるみの学歴競争と淘汰を是とするエリート主義の土壌もある。そうした中、唯一の子どもに学歴レースで勝たせたいという親の欲望は膨らみやすく、それは同時に多大な「負担」を生んでいる。つまり、中国の少子化の背景にあるのは、人口構成上の歪みや住居コスト、意識の変化のほかにも教育に関する親の焦りと欲望が生む心理的負担が大きいのである。

世界の少子化研究においても、中流層の増加とともに、競争社会の中で親がわが子を他人より「勝たせたい」と「欲すること」が少子化の一因であることが指摘されている。世界を見回しても、合理主義や競争原理は程度の差こそあれ、近代社会全体に共通するルールだろう。全てをコストと利益に還元し数値化して捉える合理主義の物差しが結婚や子育てにも浸透すれば、本来そこにあるべき情感世界は周辺化せざるを得ない。

現在、中国の子育てが「勝つための子育て」という重い負担を伴う極端な形に変形してしまったのは、過去20数年、資本主義と合理主義の大波が、もとより生存競争が激しく、独自の発展を遂げた中国社会に突如押し寄せた結果ではないだろうか。つまり、日本や欧米も同じレール上にある近代の発展本来がはらむ矛盾が最先端の形で露呈しているのが今日の中国の子育てのように見える。

少子化という現実は、そんな大人社会に若者たちが提出した〝無言の採点表〟なのかもしれない。

Wedge August 2023 特集 少子化対策 異次元よりも「本音」の議論を

(2023年7月20日発売 P39〜41)

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