【引越しツバキ 7】
仕事の話をすれば、桂介のトラウマを思い出させてしまうかもしれない。
就活の話はプレッシャーを感じて、落ち込んでしまうかもしれない。
そう考えると、椿は何も話せなくなっていく。
それでも、桂介には笑顔はあった。
ヨルやSNSの友達との繋がりが、桂介を笑顔にした。
心地よい言葉と、欲求を満たしてくれる桂介の友達。
ふと、椿は自分の口角が下がった口元に触れる。
『そういえば最近、笑わなくなったな。』
上がりっぱなしの口角も、気付けば下がりっぱなしな事にようやく気付いた椿。
そう思ったものの、椿は決してそれを言葉には変える事はなかった。
相も変わらず、桂介は深夜まで通話をしながらゲームをする日々を送っていた。
椿はもともと自由人であった為、家で独りで過ごす時間を外で友人と過ごす様にした…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それ、おかしくない?!」
それは椿の友人、茜の驚いた声だった。
茜は、椿の同僚だ。
椿と仕事終わりに2人で居酒屋へと、ちょくちょく来ている。
今日もいつもの居酒屋へ足を運んでいた…
茜を驚かせたのは、椿の話す桂介の近況だった。
「旦那さん、椿が必死に働いてる間に就活もしないで、ずっと若い女とゲームしてるんでしょ?!」
「まぁ、気分転換になるならと思って…」
茜の言葉は熱を帯びていく。
「いやいや!でも、その若い女!既婚者だって知ってて、ずっと椿の旦那とゲームするとか…!」
「…最近は男の友達も出来たみたいでね、2人だけじゃなくて、複数でも遊んでるみたいだよ?」
椿は茜をクールダウンさせようと、言葉を紡いだ。
「それに、私も彼女と話した事もあるけど…悪い子じゃなさそうだし。」
「そうは言っても!その女とSNSでもゲームでも、ずっと何かしらのやりとりをしてるんでしょ?!」
困ったように笑う椿に、茜は「はぁ…」と息を漏らす。
「大体さ、体調不良の件もSNSでは言うのに、なんでLIMEで椿に連絡しないかな。」
グラスのカクテルを2口飲むと、茜は静かに口を開く。
「旦那さん、その女に心配されたいんじゃないの?」
椿の胸がチクリと痛んだ。
茜が言っている事は、椿が信じてやまなかった桂介の中の優先度を覆す事になる。
『優しい桂介は椿が1番大切』
それを信じて、仕事の糧として、頑張ってこれた椿。
気付けばそれは、今現在…ヨルになっていると言う事を意味していた。
「そ、そうなのかな?」
動揺する椿に、茜は遠慮せずに話す。
「毎日そんなやりとりして、プライベートな話もしてさ。共感もしてくれて、自分にとって優しい言葉しか言わないんでしょ?…居心地いいだろうね。」
『居心地いい』
その言葉で椿の思考は一瞬フリーズした。
自分といる時間こそが、それだと思っていたのに自分は勘違いしていたのかと、椿は目を伏せた。
「椿は優しいから、甘いんだよ。私だったら、許せん!」
そう吐き捨てた茜はグラスのカクテルを飲み干すと、呼び鈴を強く押すのだった。
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