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【引越しツバキ 8】

職場では、明るく元気。
家では、だんまりの仏頂面。

これが、椿の当たり前。
ふざけて笑い合っていた新婚の頃の面影は、微塵もなかった。

滅多に口論なんてしなかった2人も、今ではしょっちゅう口論になる。

友達との会話や、やりとりが楽しくて仕方ない桂介。
朝もまともに起きれない桂介を、いい加減なんとかしなくてはと思い…
「さすがにゲームを少し控えよう?朝はちゃんと起きて、夜はもっと早く寝ようよ。」
椿は昼夜が逆転した桂介の生活スタイルを改善し、いつ再就職しても大丈夫な状態に少しでもなって欲しかった。

そう言うと、桂介は躍起になった。
「じゃあゲームを完全にやめればいいの?!」
無趣味の桂介から、それを取り上げたい訳ではない。

1か0でしか答えを出さない桂介に、椿は「違う、そうじゃない。」としか言えなかった。
どうするのが正解なのか、どうするのがお互いにいいのか分からない。
だから椿は、こうしてみたらどうだろうと言う提案すら出来なかった。

こんな口論がしたいわけじゃない…ただ、昔のように2人で過ごしたい。
椿の願いはそれだけだった。

しかし、答えを導き出せず無口になる椿を、桂介は…
「なに、その態度。言いたい事があるなら言ってよ…椿は変わったね。」
そう言って、責めた。

『私は、桂さんが変わったと思っていたよ。』
椿の声にならない声は、桂介にそう思わせてしまったという、自責の念が邪魔をして言葉になる事はなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

桂介は椿に言わないだけで、地道に求職活動はしていた。
求人サイトや、フリーペーパーもこまめに目を通してはいたものの、自分に何が出来るのか分からなくなっていたのだ。

あの上司の言葉が蘇っては、桂介の自信を奪っていく。
『お前は本当に何も出来ない人間だな!』
フラッシュバックする言葉と、苦痛の日々が桂介の背中に重くのしかかる。

年齢的にも、職種は選べない…それに、もう失敗もできない。
自分で自分を追い詰めては、目の前の活字に恐怖する。
不気味な汗が桂介の頬を滑り落ちていくーー

桂介はそんな自分が嫌で、嫌で仕方がなかった。
自己嫌悪を繰り返しては、その気持ちを和らげるべく友達を頼っていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

椿が桂介の生活スタイルを指摘すると、桂介は椿への不満を結びつけては口論になる。
それを繰り返した結果、椿は…
『こうなってしまったのは、私が悪いんだ…』
そう、感じるようになっていた。

話の最後には「椿はこうだ。」「椿だって…」と言う桂介の言葉を、真正面から全て鵜呑みにする。

『椿の指摘する事は全部、椿に問題があるから。』
椿の耳にはそう聞こえた。

そもそも、自分が諸悪の根源なのに、桂介を指摘するような発言をするのはおかしな話だ。
だから「私が悪かったね、ごめん。」と、いつも謝るのだった。
椿が折れると、桂介も「いや、俺が悪いよ…ごめん。」と謝る。

椿は諸悪の根源である自分を責め、桂介は椿を責めた自分を責めた。

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