【引越しツバキ 1】

椿(つばき)は23歳で結婚した。
桂介(けいすけ)は優しい年上の27歳。

椿は桂介のくしゃっとした笑顔が好きだった。
桂介も、いつも笑顔の椿が好きだった。
よく笑う椿の笑顔につられて、桂介も笑顔になる。

2人は同じ販売職で椿はアパレルショップの店長、桂介は雑貨屋の店長。
お互いの価値観が似た2人。
似たような店舗運営の悩み、スタッフ育成についての考え…
お互いに辛い時は励まし、応援しあえる存在で付き合うようになって1年。

「大事な話があるんだけど…」
桂介の突発的な異動がきっかけで2人は入籍した。

そして、椿は店を辞めたが同じ業種で仕事は続けた。
椿には専業主婦を望んでいた桂介だが、本人は好きな仕事だけは続けたいというので桂介も首を縦に振り、椿は転勤先の土地でも同じ業種で仕事は続けていた。

そして、新婚3年間は桂介の仕事の都合で1年間隔での転勤族に――

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ある日、桂介から切り出された言葉。
「そろそろ、転勤のない生活がしたくない?」
何時くるかも分からない、何処へ行くのかも分からない辞令というものが、椿も正直なところ嫌いではないが…好きでもなかった。

ただ、桂介のこの言葉が意味するのは『仕事を辞めたい』だ。
椿から見て仕事人間というイメージの桂介から、そんな言葉が出るのは意外だった。

桂介の立場上、休日も職場からの電話は鳴るし、近くに出かけている際には立ち寄ったりする事もあったくらいだ。
休日であっても完全にオフにはできない桂介に、理解はあるが流石に椿もストレスが爆発してしまう事も…

しかし、この3年間でその話題が出なかったわけではない。
椿にとっては、なんとなくと言うか夢物語といった感覚で話していた会話がジワジワと現実味は帯びてきてきていたが…それは青天の霹靂といったタイミングだった。

椿は夢の続きを話す感覚で、言葉を返した。
「仕事を辞めたら、桂さんは何処に行きたいの?」
「それは、これから椿と決めたい。」
桂介は永住の地を幾つか提案した…
今まで住んできた土地、住んだ事のない憧れの土地、椿の生まれ育った土地…話合いの末に、2人は『桂介の故郷』を選んだ。

椿は嫁いだ身で、旦那の故郷に行くのが『自然』だと思っていた。
様々な夫婦がいる今の時代では自然とも言い難い、そんな古いしきたりのようなものを、過去の時代を生きてきた母親から、言い聞かされ、教えられ、育ったが故に、椿にとっては『自然』な事だと思えたのだ。

こうして永住の地は決まり、椿と桂介はやっと腰を据えて生活ができると思っていた。
――この時は、まだ笑顔を失う事を知らないのだ。

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