対話の重要性 もしバナゲームに参加

老年看護の臨床では、もちろん話し合って大事なことを決める、はず。
忙しい中でも話を聴いてそして理解し合ってということは怠ってはいけないけど、それがどれほどできているのかと振り返ると、下を向いてしまうこともあるかもしれない。次の患者さんにはもっと上手くやろうと思うかもしれないが、その人からすると当然自分に最善を尽くすべきだと思うだろう。
一回しかない人生をきちんと見なくて、そして話せない人の気持ちを十分に知る術をもたずして、最善を尽くしたといえるのか。
そんなことを考えさせられたもしバナゲームだった。
実際には健康な人に縁起でもない話を自分ごととして、話ができる仕掛けがもしバナゲームにはあるも、みんな必ず死ぬわけだから、まずは自分で考えてみるのは悪くないと思う。
個人的には、私たちの対象者には、もう発語ができない、私たちのいっていることを理解できない、頷くこともできないなど、言語での意思疎通は難しいけど、他の方法をスッキリと導き出したいと思う。
文責 アカデミックスタッフ やまかわ

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