「責任能力なし」の意味

重大な事件を起こした犯人の精神鑑定について報道される度にインターネット上では否定的な意見が多く書き込まれます。ところが、国会で法改正が議論されたという話は聞きません。何故でしょうか? この記事では、その理由やありがちな勘違いについてQ&A形式で紹介します。



Q.そもそも責任能力って何?

善悪を判断し、その判断に従って行動する能力です。これが欠けているということは、そもそも悪いことを悪いと理解できないか、分かっていても体が言うことを聞かない状態ということです。

よくある勘違いとして「精神障害者は等しく責任能力がない」というように考えている方がいますが、それは違います。
例えば、被害妄想で誰かを恨んでいたとしても、責任能力があれば善悪を判断して行動できるため犯罪は起こしません。そのため、例え被害が妄想ではなくとも犯罪を犯して良い理由にはならないのと同じで、通常通り刑罰を受けます。
また、例え精神障害でなくとも一時的に責任能力を失う可能性もあります。2017年に、これから車を運転する人に睡眠薬を飲ませた看護師が殺人未遂罪で逮捕された事件がありましたが、その際実際に交通事故が起こってしまっています。この事故の責任を負うべきは誰でしょうか。多くの方は運転手はただの被害者であり、睡眠薬を盛った殺人未遂犯が悪いと答えるでしょう。ですが、実際に事故を起こしているのは運転手なので、事故の責任から運転手を解放するための制度が必要です。それが責任能力という考え方です。


Q.責任能力がなければ刑罰が減免されるのは何故?

法律的な回答としては、刑法に定められているからです。

第三十九条 心神喪失者の行為は、罰しない。
 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

刑法

法律の背景事情まで踏み込んで回答すると、善悪の判断能力を失っている人には責任を問うことができない(問うことに意味がない)からです。
例え刑罰を与えたとしても、善悪を判断できないため反省のしようがなく、そのままでは再犯の可能性が高くなります。また、そのような人を刑務所に入れてしまうと、精神医療などの専門家ではない刑務官の負担が増えてしまい、刑務所の機能不全すら起こしかねません。
このような事情から、刑罰を与えることに意味がなく、むしろ社会的な不利益に繋がる可能性が高いというのが理由です。


Q.犯罪を起こした人を野放しにしたら危険では?

刑罰が減免されるからといって野放しになるわけではありません。精神保健及び精神障害者福祉に関する法律では措置入院制度が定められており、他人に危害を与える可能性がある人は強制的に入院させることができます。

第二十四条 検察官は、精神障害者又はその疑いのある被疑者又は被告人について、不起訴処分をしたとき、又は裁判(懲役若しくは禁錮の刑を言い渡し、その刑の全部の執行猶予の言渡しをせず、又は拘留の刑を言い渡す裁判を除く。)が確定したときは、速やかに、その旨を都道府県知事に通報しなければならない。ただし、当該不起訴処分をされ、又は裁判を受けた者について、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(平成十五年法律第百十号)第三十三条第一項の申立てをしたときは、この限りでない。

第二十七条 都道府県知事は、第二十二条から前条までの規定による申請、通報又は届出のあつた者について調査の上必要があると認めるときは、その指定する指定医をして診察をさせなければならない。

第二十九条 都道府県知事は、第二十七条の規定による診察の結果、その診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは、その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる。

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律

要約すると、責任能力がないため刑罰を与えられなかった場合は、検察官から都道府県知事に通報されます。通報を受けた都道府県知事はその人に診察を受けさせ、診察により他人に害を及ぼすことなどが明らかになれば(本人や家族の意思とは関係なしに)強制的に入院させることができます。
従って、無罪になったからといって野放しになることはありません。

※第24条で出てきた心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律鑑定入院の制度を定めており、こちらは都道府県知事ではなく裁判所が主体となって手続きをします。

また、同様の通報義務は保護観察所や矯正施設(刑務所や少年院のこと)の長にもあるため、減刑された場合であっても措置入院から逃れることはできません。

第二十五条 保護観察所の長は、保護観察に付されている者が精神障害者又はその疑いのある者であることを知つたときは、速やかに、その旨を都道府県知事に通報しなければならない。

第二十六条 矯正施設(拘置所、刑務所、少年刑務所、少年院、少年鑑別所及び婦人補導院をいう。以下同じ。)の長は、精神障害者又はその疑のある収容者を釈放、退院又は退所させようとするときは、あらかじめ、左の事項を本人の帰住地(帰住地がない場合は当該矯正施設の所在地)の都道府県知事に通報しなければならない。
 本人の帰住地、氏名、性別及び生年月日
 症状の概要
 釈放、退院又は退所の年月日
 引取人の住所及び氏名

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律

さらに、この通報は誰でも、そして犯罪を犯す前であっても可能です。そのため、未然に犯罪を防ぐためには孤立している人を減らして周囲の人間が危険に気付ける社会の構築が重要です。

第二十二条 精神障害者又はその疑いのある者を知つた者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる。
 申請者の住所、氏名及び生年月日
 本人の現在場所、居住地、氏名、性別及び生年月日
 症状の概要
 現に本人の保護の任に当たつている者があるときはその者の住所及び氏名

精神保健及び精神障害者福祉に関する法律


Q.精神鑑定とは?

精神鑑定とは、被疑者(容疑者)の責任能力の有無を判定するために行われる検査のことです。
よくある勘違いとして、精神鑑定は精神病や精神障害の有無を判断するために行うものだと思っている人も多いですが、それは主目的ではありません。
精神鑑定の主目的は、犯人が善悪の判断をして、その判断に従って行動できるか(=責任能力の有無)を調べることです。つまり、責任能力の有無を判断し、責任能力があれば裁判にかけ、責任能力が無ければ措置入院制度などの手続きを進めます。


Q.精神鑑定を受ける犯人が増えてるのは何故?

裁判員制度の導入により、裁判の中で責任能力の有無を判断することが負担になると考えられたからです。実際、裁判員制度の導入前後で起訴前の精神鑑定の件数は倍増しています。そして、それ以前やそれ以降には大きな変化はありませんので、最近になって特に増えたと感じるのであれば、それはマスメディアが報道するようになったからです。
また、精神鑑定は検察官が行わなくとも弁護人が主張すれば裁判の中で行われるため、どの時点で行うかの違いでしかありません。
裁判における争点を一つ減らしておくことによって裁判員が裁判のために拘束される期間を短縮し、他の証拠に集中できるという利点がありますので、精神鑑定の件数が増えることは利点の方が大きいと言えます。


Q.精神障害者は全て犯罪者予備軍?

違います。
精神障害と一口に言ってもそこに含まれるものは様々であり、症状や重さも人それぞれです。当然、犯罪との関連が薄い場合もあります。
実際、精神障害者は日本人の約2~3%を占めますが、警察白書によると検挙された刑法犯の1%に留まっています。つまり、精神障害者の犯罪率は平均の半分以下ということです。仮に精神障害者を犯罪者予備軍と呼ぶなら日本にいる人全員が犯罪者予備軍になってしまいます。(誰もが犯罪を犯す可能性を否定できないという点ではその通りかもしれませんが・・・)

※警察白書には外国人による犯罪も含まれていますが、外国人による犯罪を差し引いても1.1%ですので、やはり日本人全体の犯罪率の半分であることが分かります。

一方で、精神障害者が起こしやすい犯罪の傾向もあるため、対策が期待されるところではあります。


Q.被害者感情はどうなる?

相手は善悪の判断ができていないため、刑罰という形式に拘っても実質的な効果は得られません。形式的な謝罪だけ受けても満足する人がいないのと同じです。
むしろ治療を受けさせて完治した方が、(例え自分に責任が無いと言われても)後悔し、反省するでしょう。形式的なものに拘わるのではなく、実質を得るためにも治療が必要です。



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