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博士がゆく 第12話「うまくいかないクローニング①」

制限酵素処理したプラスミドDNAを、アガロースゲルの小さなウェルに注ぎ込む。ローディングバッファーで紫色に染まったDNAがゆっくりと沈殿していく。その光景はまさにオーロラだ。

Pipetmanにそえた左手が汗ばむ。Miniprepでプラスミドを抽出したサンプルの数だけこの工程を繰り返すのだが、何度やっても慣れない。

「ふぅ」

ようやく8個すべてのウェルにサンプルを注いだ博士(ひろし)はDNA泳動機の蓋を閉じ、電源を入れる。100mA、30minにセットしてスタートボタンを押す。DNAは負に荷電しているからアガロースゲル上で電気泳動することで、DNAのサイズを確認することができる。短いDNAより早く、長いDNAはより遅く移動するんだよな。博士は最近学んだDNA操作の技術を頭の中で復習した。

研究発表会は無事に終わり、指導教員からタンパク質の過剰発現実験をやってみるように指示された。お目当てのタンパク質をコードするDNAの増幅はPCRで簡単にできたものの、そこからのクローニングが一向にうまくいかない。

「今日こそ上手くいってくれよ」

30分の電気泳動ののち、DNAを可視化するためにEthidium bromideにゲルを浸漬する。こっちは約20分。UVを当てると蛍光を発するEthidium bromideがDNAの二重鎖の間に入り込むため、浸漬後のゲルにUVを当てるとDNAが光る。

今日は5,000bpと1,200bpのサイズのDNAが見られれば成功だ。

ゲルをEthidium bromide溶液から取り出しステージに乗せる。部屋の電気を消してUVの電源をオンにする。ステージの下側からUVが光り、ゲルを照らす。目当てのサイズのDNAは見つからない。

また失敗だ。

「ふぅ」

失敗することにも慣れた。こんなことで感情を爆発させたりしない。とはいえそろそろ成功させたいのだが…。UVをオフにして、蛍光灯をつける。ゲルをラップに包んでHazardous wasteと書かれたボックスに捨てる。Ethidium Bromideは発がん性があるため、扱いには注意しなければならない。

ゲルをポイッと投げ捨てて部屋を出ようとすると、視界の端に青い何かが映った。こぶし大のその青い物体が当たり前のように語りかけてくる。

「やぁ。こんばんは、ひろし君」

「相変わらずタイミングのいいやつだ」

ちょうどクローニングがうまくいかずに猫の手、いや細胞の手も借りたいと思っていたところだ。

(つづく)

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