見出し画像

「バスケットのプロ選手輩出」だけじゃない。シーホース三河U15が大切にしている理念とは?

「U15の卒業生が審判を目指しているらしい。」と聴き、シーホース三河U15らしさを垣間見ることができるのではと思い取材を依頼しましたが、根底にあるスポーツと教育の関係性に興味のある方にも楽しんでいただける記事になったのではと思います。ぜひご覧ください。(シーホース三河note編集部)

私たちの身の回りにはさまざまな「スポーツ」がある。今も昔も、小学生男子の将来の夢には「野球やサッカーなどの選手」という回答が上位に見られ、小学校から大学まで日本の全ての教育機関においてスポーツ系部活動は盛んに行われている。そこでは技術の向上と共に子どもの人間性や社会性を養うことが目的とされている。
一方で、プロスポーツチームが運営する育成組織「ユース」は、プロスポーツ選手の輩出を主な目的としている。ユースへの入団希望者は、より高度なプレー技術やチーム戦術などを教わり、「トップチームで活躍する」という将来を夢見ている選手がほとんどだ。だがユースに所属したからといって、プロ選手のイスが約束されるわけではない。また、プロ選手になれたとしても、いつかは引退し、選手ではない「第二の人生」を歩むことになる。その中で指導者は何をどのように伝えるべきなのだろうか?

今回の記事で紹介したいのは、この問題に対する一つのアンサーだ。
「アスリートから、その先へ」という目標を掲げる、シーホース三河U15・初代キャプテンを務めた平 武幸さんは、バスケットボールの名門高校(福井・北陸高校)へ進学したものの、途中で選手からマネージャーへと転身し、現在はシーホース三河U15サポートスタッフを務めながらプロ審判を目指している。そこには、U15での学びが活かされているのではないか?と掘り下げてみることに。平さんと、現在もU15ヘッドコーチを務める伊良部勝志HCそれぞれに「U15で学んだこと」「U15で伝えたいこと」を聞いてみると……。

23名の選手が所属するシーホース三河U15

シーホース三河U15とは、2018年4月に始動したシーホース三河トップチーム傘下のユースチーム。「アスリートから、その先へ」という目標を掲げ、人間力とバスケットボールの向上、プロ選手の輩出、バスケット界や社会に還元できる人材育成に取り組んでいる。「もっとバスケットが上手くなりたい」との思いを持つ選手が、年に一度のトライアウトを経て入団。Bリーグで選手経験のあるプロコーチが指導に当たり、専任トレーナーが身体ケアなどユース世代で重要な身体作りを計画的に実施している。

平さんに「ユースの活動で一番の学びは?」と問いかけると、「努力は絶対に報われるということ。自分は何度挫折しそうになったか分からないけど、最後まで折れずに一つのことを目指していたら、自分のやりたいことが見つかってやり続けられる。昔は考えたことはなかったけれど、最近よく思います」と回答。

一方、伊良部HCは、
「プロセスとか過程を一番大事にすると選手によく話します。頑張っていない選手を試合に一番出場させるという価値観は、スタッフの中にはありません。たとえその選手が出ることで目の前の試合に勝てるとしても、それは短期的な勝利であり、長期的な勝利に結びつかないから」と、努力が評価につながっていることを語ってくれた。

スポーツにおいて「伝えたいこと」と「教わったこと」が一致することは珍しい。だが、二人へのインタビューの中で、シーホース三河U15が大切にしていることがそのまま伝わっているという事実と、それが人間の成長にどんな影響を及ぼしたのかが浮かび上がってきた。

弟と一緒にトライアウトへ参加。3カ月の練習を経て「シーホース三河U15」初代キャプテンに就任

まずは平さんの経歴を。
父親の仕事の関係で生まれた時からバスケットボールが身近にあったという平さんは、シーホース三河U15が設立されると聞き、中学2年生の時に弟と一緒にトライアウトに挑戦した。部活動でもバスケ部に所属(当時は二重登録可能だった)していたが、「トライアウトは上手い選手ばかりで、自分は全然いいところを見せられず、落ちたと思った」と振り返る。だが弟と共に合格。中学3年生となった4月からの1年間、U15で活動していた。

入団した年の7月、Bリーグの各ユースチームが集まり頂点を決める「B.LEAGUE U15 CHAMPIONSHIP」(当時は夏に開催されていた)を目前に、平さんは伊良部HCからキャプテンに任命された。

「すごく驚いて、『なんで俺?』って。元々ネガティブ思考に陥りがちなのですが、バスケが上手いわけじゃないし、何か特別なことをしたわけじゃないし、他に3年生が二人いるし、って。後で聞いたら『バスケットの技術だけじゃなくて、チームのサポートやコミュニケーションの部分で他の選手を引っ張れる選手だから』と言ってもらえました」。

伊良部HCは、キャプテン任命の理由をこう語る。
「活動スタートから3か月間、選手の様子を観察していました。武幸はその中で気配りができて、視野が広いなと。片付けができていなかったら武幸が最初に動いて片付ける。何かできていなかったら率先して動く。特に役職を与えていない中でもできていたので、武幸がチームのロールモデルになれると思い、キャプテンを依頼しました」。

平さんの行動を見た他の選手たちにも、徐々に変化が現れた。率先して片付けたり、自主練習に励むようになったり。バスケット技術だけではなく、人間力の向上をも目標とするシーホース三河U15の、はじめの一歩だった。

現在、平さんはプロ審判を目指しながらシーホース三河U15のサポートスタッフとして活動している。中学を卒業後、バスケットボールの名門校といわれる高校へ進学するものの、1年生の終わりには周りの選手のレベルの高さからプレーすることを断念。マネージャーとしてバスケットボールに関わっていくことになった。全国大会などの試合に同行しベンチから試合を見ている時に、審判の方々のメンタリティに感銘を受けたという。

「審判はそのジャッジについてさまざまな意見を受けることがあるんですけど、『なんであの人たちはあんなにも凛々しくしていられるんだろう、何もなかったかのように平然と審判を続けていられるんだろう』って思ったんです。『自分もあんなメンタリティになりたい』と思い、審判に興味がわきました。そんな中で弟と一緒にNBAの試合を映像で観戦していた時に、ある審判の方がファールの笛を吹いた動作がかっこよくて視線を奪われました。審判ってすごくかっこいいなって。今、日本には四人しかプロ審判の方はいませんが、自分のやりたいことを本職にできたらいいなと思ったのでそこを目指そうと考えました」と平さん。

審判になるには資格が必要だ。JBA(公益財団法人日本バスケットボール協会)公認審判員にはE級からS級まで6段階のライセンス区分があり、所属ブロックや審判の方からの推薦を経て区分が上がっていく。C級以上になれば都道府県大会の審判活動が可能だ。現在C級の平さんは、「目指すはS級ですが、現在いる四名のプロ審判はさらに国際ゲームの審判資格も取得しているので、僕もそこを目指していく中で今よりも審判技術を向上させたいです」と話す。審判技術を上げるには、他の審判がジャッジする試合を見学することと、自分自身の実務経験を増やすしかない。そこで試合数の多い愛知県へと戻り、伊良部HCに連絡するとサポートスタッフとしての参加を打診されたという。

「伊良部HCに恩返ししたいという想いがあったので、自分で役に立つならと。自分にとっても審判をする機会が増えることはもちろん、練習に参加することでバスケットのそばにいられることも大きい」と平さんは話す。

一方、伊良部HCは、平さんの「レフェリー目線でのアドバイス」がチームの役に立っていると話す。
「例えばドライブの練習をするときに『トラベリングを吹かれる可能性があるから、こうした方がいい』とか、僕や嶋田コーチでは生まれない視点を持っているんです。選手にそれを伝えることでミスを減らして効率の良いプレーを教えられる。これはすごく大きな強みだと思います」。

教え子が審判を目指すと聞いたときの伊良部HCの心境はというと、「すごくうれしかった」と振り返る。
「選手ではない形でバスケットに関わって、ゆくゆくはバスケット界に貢献していく道を自分で見つけたんだと思うと、うれしかったですね。例え選手になっても引退がやってきます。その時、アスリートからその先に続く人材を育成していくことがユースの目的でもあるので」と、U15の理念が平さんに伝わっていたことを喜ぶ。

選手からスタッフへと立ち位置が変わったことで、平さんはあることに気づく。
「選手のことを細かく見ているんだなと思いました。選手の仕草を見て、笑顔だとか落ち込んでいるねとか。練習後は毎回、スタッフで選手のことを共有する時間があって、『こんなところまで見ているんだ』と驚きました」とサポートスタッフへ就任して間もない当時のことを振り返る。

選手とのコミュニケーションは、伊良部HCがコーチングの中で最も大切にしていることの一つだ。
「選手の様子を見ながら、どんなふうに、どのタイミングでコミュニケーションをとろうか常に考えています。選手の習得性が高まるタイミングは絶対にあって、その適切なタイミングに合わせてよい言葉で声をかけられるかが、コーチとしてはすごく大切。基本的にこちらからプッシュして教えるより、選手からどれだけ答えを引き出せるかだと考えているので、タイミングを間違えるとまだ選手の中で答えが構築できていないことも。選手の現状の課題や悩みは日々のコミュニケーションで把握しています」と、伊良部HC。

選手それぞれの悩みを把握しているからこそ、その課題を克服しコート上でうまくプレーができた時、選手の良い表情を見ると伊良部HC自身もうれしい気持ちになれるそうだ。平さんも伊良部HCから、事あるごとに励ましの言葉をかけられていたことが、U15活動を続けられた要因だったと話す。
「愛知県のBリーグユース4チームが集う大会があったのですが、そこで行ったある試合の終盤に自分にパスが回ってきて。自分がシュートを決めて、みんなで残り時間を守って、1点差で勝ったことをよく覚えています。パスが回ってきた瞬間は『自分にパスが回ってきてしまった』というネガティブな意識が少しあったのですが、『残り時間がないし、自分がキャプテンだし、決めなければ』という気持ちが上回り、決め切ることができたんです。観客も多くて会場全体が盛り上がり、自分もものすごくうれしかったので、鮮明に覚えていますね」と、「ネガティブ思考」を払いのけることのできた試合の思い出を話してくれた。

「初代U15のなかで、もし『一番成長したで賞』があれば、僕は武幸を選ぶ」と伊良部HCが話すほど、1年という短い期間で大きな成長を遂げた平さん。選手という、当初考えていた道ではなくても、自分で社会に還元できる自分の道を見つけ、そこに向かって懸命に生きる姿は、シーホース三河U15が育成を目指す人材の姿と一致するといえるのではないか。

育成において、「コミュニケーションが大切」と誰もが思っているが、「どうコミュニケーションをとるべきか」という問題には確固たる解答はない。伊良部HCは「心に響かなかったら、何を言っても伝わらない」と、信頼関係の構築を重視している。
「『あれはダメ、これをやれ』というコーチングスタイルでは、武幸は成長できなかったんじゃないかなと思っています。子どもは成長過程にいるので、最初からバツをたくさんつけて自信を失わせる必要はなく、課題やミスに対して一緒に向き合って共に成長していきたい。おそらくその姿勢が、武幸にとって『励まされた』と感じたんだと思う」。

さて、冒頭の課題に戻ろう。

シーホース三河のユースチームは、成長期の子どもたちに何を伝えられるだろうか。
二人の話から推測するに、そもそも「伝えたいこと」を押し付けようとしていることが間違っているのかもしれない。
技術の向上や勝利という共通の目標を掲げると同時に、子どもに寄り添い、観察し、どんな成長をしたいと考えているかに気づいてあげること。それが、プロ選手の輩出や人間性・社会性の育成へとつながり、シーホース三河U15が掲げる「アスリートから、その先へ」という目標に近づいていく。
逆説的ではあるが、伝えないことで伝わるのかもしれない。


この記事が参加している募集

Bリーグ

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!