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いただきます!という概念は日本だけなんです。

おはようございます!
みなさん、朝ごはんは食べましたか?
食事する時に「いただきます」と言うと思うのですが、これ日本だけなんです。

神様に感謝したりする意味合いのあいさつをするところはあるのですが、他の国には食事の時に「命をいただきます」という意味合いで、一言いう文化のある国はないんです。

私もこれつい最近に知ったのですが、衝撃でした。
そして、たしかにアメリカ、中国、韓国、欧州へいったことありますが、たしかにないなと改めて考えると納得しました。

ではこの「いただきます」というのはどういうところから来ているものなのかと探求したくなって、このことを教えてくれた方から聞いたり調べたりしました。

五観の偈(ごかんのげ)という禅宗に起源のあることがわかりました。

五観の偈(ごかんのげ)は、主に禅宗において食事の前に唱えられる偈文代の南山律宗の僧、道宣が著した『四分律行事鈔』中の観文を代に黄庭堅が僧俗のため約したもの。道元の著作『赴粥飯法』における引用によって日本で広く知られるようになった。僧侶の食事作法のひとつだが、道徳的普遍性の高い文章であるために限らず多くの分野で引用されている。五観文、食事五観文、食事訓とも。

偈文
一 計功多少 量彼来処 : 功の多少を計り彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る。
二 忖己德行 全缺應供 : 己が徳行(とくぎょう)の全欠を[と]忖(はか)って供(く)に応ず。
三 防心離過 貪等為宗 : 心を防ぎ過(とが)を離るることは貪等(とんとう)を宗(しゅう)とす。
四 正事良薬 為療形枯 : 正に良薬を事とすることは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり。
五 為成道故 今受此食 : 成道(じょうどう)の為の故に今この食(じき)を受く。

訳文
一 この食事がどうしてできたかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝をいたします。
二 自分の行いが、この食を頂くに価するものであるかどうか反省します。
三 心を正しく保ち、あやまった行いを避けるために、など三つの過ちを持たないことを誓います。
四 食とは良薬なのであり、身体をやしない、正しい健康を得るために頂くのです。
五 今この食事を頂くのは、己の道を成し遂げるためです。

もともとは仏教からきているのに、どうしてインドや中国ではこのあいさつが文化として消えてしまったのか気になるところですが、改めて意味合いやルーツを知ると食事への向き合いが気持ち的に変わりました。

食材はすべて、もともとは命のあるものでそれを奪い、食しているということを特に現代では意識しづらくなっているので、余計に大切にしたいなと思います。

食育とかで五観の偈は扱われているのでしょうか?
これから朝食ですが、いただきますの意味を意識して美味しく頂こうと思います😋

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