深夜の掃除者たち【禍話リライト】

禍話に「集合体マンション」という話がある。
北九州のどこかにある、体の一部の欠損した何かたちの住むという、非常に薄気味悪いマンションにまつわる話だ。

その舞台となったマンションがどこにあるのかと、DMでしつこく聞いてくる人がいた。
そうした問い合わせがあるたびに、私はこう答えることにしている。
「場所は知らないし、行かないほうがいいよ」と。
しかし怪談の舞台に執着してしまう人はいるもので、Gくんというリスナーは、ここじゃないかとたびたび聞いてきた。
もちろんそんなことを言われても、私自身本当に知らないのだから答えようがない。
Gくんにも、「申し訳ないけど自分はそこまで北九州の地名に詳しいわけじゃないから、地名を挙げられてもピンとこないですよ。その地名を検索する気もないですし、本当に止めたほうがいいですよ。何かあっても知りませんよ。向こうから感づかれたりすることもありますからね」と、詮索を止めるよう再三にわたって伝えてきたのだが、当人は「またまた〜」などと言っていて、一向に本気にする様子はなかった。

ところがそのGくんから、ぱったりDMが来なくなった。

やっぱり特定できなかったんだろう、あきらめたのかな、などと呑気に思っていたのだが。

ある日、そのGくんから久しぶりにDMが来た。
そのDMは、「本当にすみませんでした!!」という書き出しで始まっていた。
そこには、とあるマンションに近づき過ぎてしまったために起こったと思われるような、奇妙な体験談が綴られていた。


Gくんは、前回最後に送ってきたDMの直後、Googleマップを何気なく見ていて、ここが集合体マンションではないかという候補になる建物を見つけた。
同じく怪談好きの知り合いと、早速そこに行ってみようという話になったのだが、流石に夜行くのは怖いから、昼間にここじゃないかという場所を写真に撮ろうということになった。

「あんまり近づきすぎると良くないっていうけど、道路を挟んで撮ったらいいんじゃないの?」
「俺もそう思う。週末に行こうか?」
「じゃあ今週末な」

とんとん拍子に、そんな話が決まったのだそうだ。

ところが。

その週の半ばに、奇妙なことが起きた。

Gくんは、マンションで一人暮らしをしている。
その日Gくんは、深夜2時過ぎに、いつものようにトイレに行きたくなって目が覚めた。
トイレで用を足して出てくると、外廊下から音が聞こえる。
箒で床を掃いているような音だった。

おいおい、真夜中だよ?

そう思いつつ耳を傾けると、その音は一箇所からではなく、二箇所からしていることに気づいた。
二人の人物が、マンションの外廊下を黙々と箒で掃いているようだ。

もちろんGくんとしてはにわかには信じ難い。
ひょっとして勘違いで、何か別のものがそう聞こえているのではないか、と考えた。
例えば、風で布かビニールが擦れた音だとか……そう思ってはみたが、それにしては音が規則的で、長く続き過ぎている。
やはりどう考えても、箒で掃いているとしか思えない。
さらに、しばらくするとぼそぼそと作業をしている人たちの声のようなものが聞こえてきた。
途切れ途切れに聞こえてくるその話の内容は、やはり掃除をしている最中のやり取りのように思える。

一体、誰が?

好奇心を刺激されたGくんは、ドアの覗き穴から廊下の様子を見てみた。

すると。

真夜中の外廊下を、ボロボロの作業着を着た中年男たちが、竹ぼうきで掃いている様子が見えた。

ええ?!

さらによく見ると、男たちは二人とも、体のあちこちの部位が少しずつ欠損しているのがわかった。
そんな二人が、お互いに協力し合いながら、竹ぼうきで掃いては、安いプラスチック製の大きな塵取りでゴミを取っている。

「ここは前々から気になっていたけど、やっぱり綺麗にするのは気持ちがいいねぇ」

そんなことを半笑いで言い合っている。
ここでGくんは集合体マンションの話を思い出した。

体の一部が欠損した住人たち。
なぜか彼らに、自分の住んでいる住所が知られている。

話との嫌な符号に、全身から冷や汗が出てくる。

これ、やばい…!

しかしそう思ったからと言って、Gくんにできることはない。
なすすべなく様子を伺っていると、やがて掃除を終えて、彼らは非常階段から下りて行った。
どうやら住民に気を使っているようだった。
エレベーターはうるさいからね、などと言う声が聞こえる。
そして、二人が階段を下りながら、こんなことを言っているのがGくんの耳に届いた。

「それにしても、このフロアの何処の人なんだろうなぁ……」

二人の姿が見えなくなる。

自分のことだ。
間違いない。

恐怖心が全身を包み込む。
そしてそのまま、まんじりともせず朝を迎えたそうだ。


翌日、一緒に集合体マンションに行こうと言っていた友達に、Gくんは電話をかけた。

「おう」

電話に出た友達の声は、心なしか暗い。

「あのさ、週末のあそこ、俺、やっぱいかないわ」
「ああ……俺も同じこと言おうと思ってたんだけど」

二人は互いが経験したことを語り合った。
その結果分かったことは、二人とも、完全に同じではないものの、似たような体験をしているということだった。

アパートの一階に住んでいる友達の場合は、自分の部屋の前のちょっとした庭のような空間に夜中に人が集まっていたのだという。
元々そのスペースは、十分に管理がされていなくて、雑草が生い茂っていた。
だが、友達を含め立ち入る人もいないので、そのままで放置していたのだ。
ところが、同じ日の深夜、そのスペースからざわざわと人の話し声が聞こえてきた。
友達が窓から見てみると、真っ暗闇の中、四、五人が何かをやっているような姿が見える。
そこで彼はすっかり怖くなってしまい、流石にそれ以上は見ずに、布団をすっぽりとかぶって眠ってしまったのだそうだ。

翌日、そのスペースを見てみると、あれだけあった雑草がきれいさっぱりなくなっていた。

「でさ、なんとなくそれが、どうも今週末行くところと関係あるんじゃないかと思えてな……。だから、俺も止めようって連絡しようとしたところなんだよ」

友達はそう言っていたのだそうだ。

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「だから、本当にすいません」

DMはそう結ばれていた。
私は流石に心配になって、大丈夫なんですか?と尋ねてみた。

Gくんからの返事は、ひどく簡素なものだった。

「引っ越します。友達もです」

以降Gくんからは、何の連絡もない。
便りのないのは無事の証拠……私はそう思うことで、心の平安を保っている。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「THE禍話 第32夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

THE禍話 第32夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/596398036
(23:18頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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