子どもが来る【禍話リライト】

東海地方の大学だという。

Kくんのサークルの後輩は、入学当初、大学に紹介してもらった、家賃の高いアパートに入居していた。
当初はそんなものか、と思っていたが、周りの学生に聞いてみて初めて、自分の住んでいる部屋がずいぶん相場より高い家賃であることに気づいたのだそうだ。
そして後輩は、自分の足で安い物件を探し、2年生に上がると同時に引っ越しをした。

Kくんは、その時後輩の引っ越しを手伝ってあげたのだという。
初めてその物件を見た感想は、単純に「いい物件だな」というものだった。
エントランスはオートロックで、セキュリティはバッチリ。
エレベーターも早くて静か。
共用部分も蛍光灯が多いのか、明るい。
その上、ネットも使い放題。

「いいじゃん、ここ」
「でしょう?ここ、防音もいいんですよ」
「いいことばっかりじゃん!それでいて安いだなんて、事故物件なんじゃないの?」
「そんなことないですよ〜」

そう言って後輩は笑っていた。

実際、ギリギリ家族が住めなくもない、くらいの広さと、部屋数があるにもかかわらず、値段はそこらのワンルームとほぼ変わらないくらいだった。
羨ましいくらい理想的な環境だったという。


3か月後。
後輩の部屋は、サークルのたまり場になっていた。
部屋も広かったので、後輩も嫌がらなかったのだ。

その日。

Kくんたちは、いつも通り、後輩に連絡せずに直にマンションに向かった。
マンションのエントランスで部屋番号を押し、呼び出そうとするのだが。
何かその時、変な感じがしたという。
応答がないので、何度か同じことを繰り返し、気づいた。

呼び出し音が鳴らないのだ。

壊れてるのか?

そう思い、後輩に電話すると、後輩は部屋にいた。
下に降りてきて、中に案内してくれる。

「すんません!」
「いや、いいんだけど、壊れてるの?」

そう聞くと、後輩は、うーん、とお茶を濁す。
同じようなことが、その後も何度かあったのだそうだ。

ある時。
飲み会の最中に、Kくんは気になっていたことを後輩に尋ねてみた。

「何で最近、エントランスの呼び出しが使えないの?」
「ああ、そのことすか…」

後輩の表情が翳る。

「悪戯されるんすよ。だから電池を抜いてるんです」

後輩によると、夜中の一時に呼び出しが鳴らされることが、何度もあったのだそうだ。
出てみると、インターホンの受話器越しに、

「約束通りに来たよ、約束通りに来たよ」

という、子どもの声が聞こえる。

「あれ、お前の部屋のインターホン、モニターついてるだろ?カメラには映ってないの?」
「それが、映んないんすよ。身長の問題かな…?」

そんなことが頻繁にあるなら、管理人さんに言いなよ、とアドバイスをしたのだという。

翌日、後輩は早速管理人さんに言ったのだそうだ。
管理人さんは即座に動いてくれ、一緒に防犯カメラをチェックすることになった。

結論から言えば、誰の姿も映ってはいなかった。

呼び出し音がピンポーンと鳴って、後輩が応対している音は聞こえる。
しかし、エントランスには誰もいないのだ。

「これは…どういうことだろうね」

管理人さんも首を捻る。

「あの、つかぬことを伺いますが、前の住人さんって…」
「ああ、ご家族ですよ。ご両親と小さなお子さんのね」
「まさか、亡くなったとか」
「いやいや、ご無事ですよ。お子さんが大きくなってきたので、引っ越しただけで」
「そうなんですね」
「フジイさんっていうんですけどね。…そういえば、その家によく遊びに来ている子がいたな…男の子だったと思うけど」

いつものようにその部屋に集まったKくんたちに、後輩は管理人から聞いた話を説明し、「どうしましょう…?」と相談してきた。

「どうしようって……なあ」
「探す?その子」

そんな話をしているときに、Yという女子部員が話に入ってきた。
Yは、オカルトに傾倒している、自称霊感持ちの女で、「ヤバい奴」という評判だった。
普段はあまりサークルの集まりに顔を出さないのだが、その日は後輩の苦境を聞いていたためか、自分の存在をアピールする絶好のチャンスとばかり、その部屋に来ていたのだ。

「それなら、幽霊さんの気持ちを聞いてみましょう!」

普通なら、「帰れ」という流れになりそうなものだ。
しかし、後輩としては藁をもつかむ気持ちである。
どうやって聞くんですか?と尋ねると、「降霊術で聞きましょう」と言う。

そんなものなのか、と皆が納得し、その場にいる面々で「星の王子様」という降霊術をすることになった。

10人くらい集まっている面々のうち、その霊感女Yとシンパの女、そして家主の後輩とKくんが「星の王子様」をすることになった。
Yから説明を受けるが、どう考えてもそれは「こっくりさん」のやり方だった。

こんなん本当に来るの?

Kくんはそう思っていたが、後輩は真剣に聞き入っている。
まあ、やるしかないか…と腹を決め、「星の王子様」が始まった。

始まるとすぐ、10円玉が動き始める。

「お名前は?」

Yが尋ねると、フルネームを10円玉が示す。

”さくまたかし”

Yは頷いて、「さくまくん、何をしに来たの?」と重ねて問う。

”けんたくんとあそびにきた”

後輩は管理人さんから名前を聞いていたこともあって、うわっと小さな声で叫ぶ。
10円玉は尚も動き続ける。

”なんでいれてくれないの”
”なんでいれてくれないの”

動揺する後輩とKくんをバカにしたように見つめた後、Yは自信満々に言い放つ。

「あなたは死んでいるんだから、行くべき世界に行け!!」

ひょっとしてこれで帰るのかなと思っていたのだが。

”いいえ”

その後もYは説得を続けるが、”いいえ”という答えは変わらない。
だんだんと、”いいえ”に行く速度も早くなっている。
予想外だったのか、Yも声が上ずって、焦り始めた。
Yとシンパが「帰るべきですよ」と言いながら、”はい”に10円玉を持っていこうとする。
手がプルプルと震えながらも、なんとか10円玉を”はい”に持って行く。

その瞬間。

ピンポーン

「え、直ってんの?」

ビックリしたのか、Yたちが力を抜くと、”いいえ”に10円玉が動く。

「これ、違う。玄関のチャイムだ!」

エントランスではなく、すぐそこの玄関のチャイムが鳴っているのだ。

ピンポーン
ピンポーン
トントントン
トントントン

子どもが叩くような感じのノック音が聞こえてくる。

「どうしたらいいんすか?!」

後輩が泣きそうな顔をしながら尋ねるが、Yもシンパも顔面蒼白になっている。

ピンポーン
ピンポーン

「なんかアクション起こさなきゃいけないんじゃないすか?!」

後輩のその声に応じるように、インターホンの受話器がガチャンと音を立てて下に落ちた。
何者かの意志を感じる。

「……ダメだ、これ、絶対だめだ……」

後輩は泣きそうになり、ギャラリーを含め全員が押し黙る。
すると、玄関のほうから、子どもがボソボソいう声が聞こえてきた。

「約束通りに来たよ、約束通りに来たよ」

Yはため息をつくと、こう言った。

「もう開けるしかないか。あの子の言うことを聞くしかない」

そうするしかないのか。
あきらめに似た雰囲気が部屋中に漂う。

家の主である後輩は、「星の王子様」をしているため、立ち上がれない。

「だれか、玄関のドアを開けられませんか?!」

その声に、面倒見のいい先輩が応じる。

「わかった、俺がやるけど、開けた後は知らんよ」

皆、中腰の姿勢で固まっている。

「じゃあ、行くぞ」

そう言って、先輩が立ち上がろうとしたその瞬間。

その場にいた全員が、背中を誰かにつかまれて、下に引きずり降ろされた。

「うわぁ!!!」
「掴まれた!?」

パニック状態に陥る。

「10円玉から指を離しちゃダメ!!」

Yがヒステリックに叫ぶ。

ピンポーン

先輩は、顔面蒼白で、ダメだ、ダメだと呟いている。

「なあ、全員が肩掴まれたよな?掴まれたよな?」
「はい…」
「じゃあ聞こえたか?」
「…え?何がです?」
「じゃあ俺だけか?俺が開けようとしたからか?俺だけが聞こえたのか?」
「何が聞こえたんですか?」

「”そうやって甘やかしてもつけあがるだけですよ”って、知らない女の声だった…」

ピンポーンピンポーン

その間も、チャイムは鳴り続けている。

と、次の瞬間。

先輩は立ち上がって、10円玉をもぎ取って、窓の外に投げ捨てた。

うわ、捨てた!

そう思っていると。

ピンポーン、ピンポーン、ピン……

そこでチャイムが止まった。

「…止まった」
「助かった~!!」

皆で喜び合っていると、Yが自信満々に「良かったでしょ」と言ってくる。

「いやいや、おまえ開けようとしてただろ」
「そうだよ、先輩が強制終了しなかったらどうなってたと思うんだ?」
「先輩が男気出さなかったらどうなってたよ!」

皆に非難されたのがこたえたのか、Yとシンパはそのまますごすごと帰っていったのだそうだ。


その日、10円玉を外に放り投げて以降、ものの見事に何も起きなくなった。
先輩は、「仲間を見棄てない人」として、大いに後輩たちの尊敬を集めたのだそうだ。

ただ、その先輩はいまだにその話になると、「肩掴まれて耳元で言葉を言われたのは、本当に怖かったんだよ。何だよ、俺だけかよ…」とぼやいていたのだそうだ。
以降その先輩は、年上の女性が苦手になったのだという。

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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「震!禍話 第14夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

震!禍話 第14夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/461873367
(1:20:00頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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