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海外オーケストラ収録で本当に大成功を収めるために必要な準備(note版)

この記事は2020年9月3日にCEDEC 2020でsoundtrec LLCのShota Nakamaさんと行ったセッションの内容を簡易的に記事化したものです。

大成功の定義

お金さえあれば誰でも海外収録は出来ますが、それを大成功に導くとなると様々な困難、課題があります。まず、大成功について定義します。

1: 音楽の価値を最大限に高めてくれるコーディネーターとオーケストラを選び、お互いを刺激し合いつつチームとして全力を尽くし、自分とクライアントが満足する結果を出すこと
2: 次はより良い作品を創れるように、その体験から学習し自分自身が成長すること
3: コーディネーターとオーケストラに「また一緒にやりたい」と思ってもらうこと

これらを目指す上で重要なのが「かけたお金以上のものは得られない」ということです。準備が不足していれば得られるものは勿論かけたお金以下になります。故に、収録に関わる個々人の能力アップとお互いの信頼関係が非常に重要です。

なぜ海外で録るのか

以下の3点が国内と大きく異なるからです。

・スタジオ
・プレイヤー
・エンジニア

日本にはフルオーケストラを全て収容できるレコーディングスタジオが(一般向けには)存在せず、またコンサートホールを都内でレンタルするのは予算的に現実的ではありません。言い換えると、オーケストラ収録に適した環境は海外の方が容易に得られます

プレイヤーの演奏は国と地域、文化によって当然大きく異なります。日本のプレイヤーにしか出来ない演奏(機械的な正確さ)は日本でしか録れませんが、海外のプレイヤーにしか出来ない演奏は海外で録るしかありません。

日本の主にスタジオ系、ポップス系のエンジニアは狭いスタジオでスポットマイクでセクションを録ることに長けていますが、海外ではスタジオ、ホールに十分な広さがあるのでメインマイクでオーケストラを録ることが一般的です。このため、日本と海外では録り音が根本的に異なり、広がりのある音を録るには海外で録るのが最も現実的で楽な選択と言えます。

コンポーザーに求められるもの

コンポーザーに求められるものは下記5点です。

・楽器への理解
・オーケストレーターとの信頼関係
・チーム/クライアントへの説明
・言語、文化への理解
・プロデューサーの視点

楽器への理解は下記の記事をご覧下さい。

オーケストレーターは当然自分より楽器のことを知っているので、サンプルでの表現に拘泥せず録って意味のあるアレンジを受け入れて楽しんで下さい。オーケストレーションを依頼する前に厳密にMIDIをクォンタイズしておくとオーケストレーターの手間が大きく省けます。

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クォンタイズ無しのMIDIを譜面ソフトに読み込んだ状態
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クォンタイズ後のMIDIを譜面ソフトに読み込んだ状態

きちんとオーケストレーションを行なって収録すると当然打ち込みのデモと大きく雰囲気が変わります。どうせなら関わった人全員にその変化を喜んで欲しいので、特に音楽へのこだわりが強いディレクター、プロデューサーには出来る限り現地に足を運んでもらって、レコーディングの価値を肌で感じてもらうのが良いでしょう。

海外収録では日本と違ってわがままを言えない場面が多いです。ちょっと時間オーバーしてでもやってくれるなんてことはあり得ないですし、譜面を当日の朝データで持ち込む、みたいなことも嫌がられるか最悪収録を断られます。また、日本であればアレンジャーに楽器/譜面の知識が無い場合でも奏者が何とかしようと努めてくれますが、海外では露骨に奏者のパフォーマンスが落ちることも珍しくありません。どんな時でも最善を尽くしてもらえることを期待するのは危険でしょう。勿論こちらの準備が十分であればそれにプロとして応えてくれます。

そしてなんと言ってもコンポーザーにはその録音で得られるものに対する全ての責任が生じます。良い楽曲を作るだけでなく、

  • どの国で

  • どんなプロダクションで

  • どのスタジオで

  • どんなプレイヤーで

  • どんなエンジニアで

レコーディングを行えば最も良い形になるのかを自力で判断出来る力がコンポーザーには必要なのです。作編曲から譜面から演奏、録音、ミックスまで一通り熟知していないコンポーザーは良いレコーディングを行うことが出来ません。

コーディネーターに求められるもの

まず結論から入りたいのですが、コーディネーター自身が音楽制作のプロフェッショナルであることが求められます。でなければこれから録ろうとしている音楽、譜面の価値やスタジオ、プレイヤー、エンジニアの質を見極めることが出来ないからです。オーケストラの譜面は当然読めないとダメですし楽器が弾けたりするのも当たり前です。コーディネーターはレコーディングに必要な関係者のプライスリストを持っているだけではなく、それらをどう組み合わせれば最適なレコーディングが行えるかを音楽家として全て提案出来なければなりません。なので、英語力も必要です。

コーディネーターは非常に難易度の高い役割ですが、その分収録の成否への影響も非常に大きいポジションです。

オーケストレーターに求められるもの

オーケストレーターの仕事は大分すると次の2つです。

・オーケストラアレンジ
・トランスクリプション

前者はコンポーザーのデモを生演奏出来る形に翻訳し装飾することで、後者はそれを奏者が安心して弾ける譜面に落とし込むことです。

オーケストレーターの経験が不十分であれば弾けないはずの打ち込みをそのまま譜面にしてしまったり、逆に弾けるはずのフレーズに手を入れてしまって本来コンポーザーが伝えたかったことが伝わらなくなったりします。また、譜面のクオリティが低ければ収録中に奏者が迷ってしまい時間のロスやパフォーマンスの低下に繋がります。

わかりやすい例で言うとボウイングの指示が無かったり拍子の解釈が直感的でなかったりすると時間がかかりますし、もっと初歩的なところだと毎小節小節番号が記載されていないだけでもパンチイン時にタイムロスが生じます。

スタジオ/プレイヤー/エンジニアに求められるもの

演奏技術、スタジオ/ホールの広さや響き、価格、機材レベルなどでトータルの録音物のムードが決まりますが、蔑ろにされがちかつ極めて重要なのがミキシングエンジニアの選定です。特に日本と海外ではオーケストラのミキシングの常識が根本的に異なるため、海外の文化でミキシングしないと折角の海外レコーディングが日本の音に仕上がってしまいます。

ミキシングにおいてマイクポジションとその役割についての考え方が極めて重要になるのですが、詳細は下記の記事をご参照下さい。

おまけ: 宅録/サンプルレイヤーで何が出来るか

宅録、サンプルレイヤーがオーケストラ収録においてどのように役立つかについては下記の記事をご覧ください。

さいごに

初めての収録で大成功!なんてことは難しいと思いますし、失敗を積み重ねて一歩ずつ成功に近づいていくものだと思います。自分自身の成長のためにも、分からないことがあれば「分からないから教えてくれ」と気軽に言えるチームを組むのがいいと思います。

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