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Official髭男dism「HELLO」MVの演出秘話(その2 企画・撮影・編集篇)

前回(その1)では窓のアートワークの制作過程を綴りましたが、今回はMVについてお話ししたいと思います。

企画演出コンテのはじまり

「HELLO」のMVもジャケと同じく緊急事態宣言前に企画が始まりました。
これまでの彼らのMVは、MVの世界でも活躍されてるメンバーから巨匠と言われる方です。しかし今回は「HELLO」EPのジャケから一貫した世界観にするために起用していただきました。ヒゲダンにとってもドキドキハラハラの大冒険だったと思います。
 そもそも、グラフィックデザイナーとして手作業を大事にしている私が映像を企画・演出するというのはデザイン業界の中で異例なことで、そのやり方も独特です。一言で言うと要領が悪い(笑)めんどくさいことをするというのが特徴です。しかし、どこを切り取っても美しくありたい画面構成はグラフィックデザインのノウハウで成立していると自負しております。日頃どんな絵を描くときも音楽を大事にしています。それぞれの仕事内容に合わせた作業用のサウンドトラックを作り企画するので、頭の中は映像であり空間的なものです。だから映像のお仕事はとても心地よいものです。

さて、今回はそんな私のMVの制作過程をお話しさせていただきます。

森本千絵の主な演出作品
2007年のMr.Children「彩り」のMVを手掛けたことから、演出も始める。
Mr.Children、ゆず、松任谷由実、HARUHI、エレファントカシマシなどのMV、広告ではSONY、KIRIN、SUNTORY歌のリレー、組曲(石原さとみ)、AZUL(長澤まさみ・杉野遥亮)、Canon(新垣結衣)、niko and...(広末涼子)(菅田将暉・小松菜奈)、映画「GAMBA」、朝ドラ「てっぱん」のオープニングやエンドロールなど...


最初のメンバーとのディスカッションは某番組の収録後だったので、皆さん演奏熱が冷めない状態で、ジャケの打ち合わせ以上に言葉がポンポン飛び出していきました。この会話すら歌詞のよう...と思うくらいに美しかった記憶があります。

共通の想いとして、今回ライブが中止になってしまったけれども、この曲はライブで思いっきりやりたいもので、お客さんと「HELLO」と歌いたい。沢山の人に囲まれて撮るのはどうか?パレードするのはどうか?など...みんなと一緒だからこそ完成するMVを望んでいました。大輔さんは、魔女の宅急便のラストシーンみたいな紙吹雪に窓から多くの人が顔を出すような高揚感が欲しい。藤原聡さんはこの楽曲は陽な面だけではなく、落ち込んだり暗い部分も含んだものだから、よりパーソナルなところも大切に表現したいとおっしゃっていました。
その時のわたしのメモがコレ(笑)メンバーの皆さんを見ながら走り書きしてたので、なにがなんだかわけわかりません。(いいとものタモリさんのメモみたいになってしまいました)

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そして、その夜忘れないようにアトリエで一気にコンテを描きはじめました。(下記画像参照)
グラフィックデザインが主なので絵コンテを描くとき、色を塗って一枚一枚をA4〜A2サイズぐらいの画用紙に描いて、一緒に歌い、踊りながら床に並べないとコンテが作れません。プレゼンの時は、紙芝居ですか?と言われるくらいです。本当は黒のサインペンでサラサラっとお洒落に描けたらいいのですが、なかなかできません。
コロナ禍の在宅勤務であったのでスキャンすることができず、手貼り、手書きキャプションとなりました。
まるで小学生の遠足のしおりのようなアナログ作業です。

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(ざっくりとした最初の計12ページの企画コンテ)

そして1カットずつスマホで複写し、動画アプリでデモ音源をあてて編集し検証したりしてから、その動画とコンテを送り、企画が決定しました。


事態の変化は、コンテの変化

いつもの仲間の撮影部に画像を送りリモート打ち合わせしました。しかし、この時期、事態はますます悪化し、それぞれの健康を想って撮影の見通しが立たなくなりました。
急遽、コピーライターの佐倉康彦さんに相談し、それぞれの窓を開けるアクションを自撮りで集めたMVに変更する必要性を感じ、仕事仲間や、カメラマンたち、ママ友、親戚から最速で窓を開ける映像を集めました。ちょうどその日は、スーパームーンで夜空が美しい日だったと思います。
そして大量に素材が集まり、スマホで仮編集しプロジェクトとしてご提案させていただきました。

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しかし、プロジェクトを発信するよりは、こういう時だからこそ、撮影が再開できる頃を待って、きちんとした演奏をして、音像を皆さんに届けるために見送ることになりました。
その後、スタッフの方とアニメーションの可能性はあるかと、海外の信頼するアニメーターに連絡することもありました。
このように二転三転しつつ、HELLOも私の中でだいぶ熟していきました。
毎朝、めざましテレビからHELLO!と聞こえるたびに今日も頑張ろうと背中をおされながら撮影を待ちわびました。

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そして、とうとう撮影が出来そうな日がやってきました。でも、ライブも中止にせざるを得ない状況の中、三密を当然の如く避け撮影するためには、このパレード、大勢と作り上げるシーンはすべて変更せざるを得ません。しかし、最後のサビに向かって開放していきたいと思うため、皆で悩みました。こういう時は、ひとりで悩まず、カメラマンや美術、照明、スタイリスト含めスタッフ全員で悩みます。

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(カメラマンの重森豊太郎さんは撮影手法からアイデアを出してくれます)

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(私が一番経験が浅いため、周りの仲間が導いてくれます)

Cinematographer : 重森豊太郎 Lighting Director : 中須 岳士 Art : 佐々木尚(彼らはau三太郎やniko and...、映画制作などとても忙しくて、怖い人たちです。(笑)

そんな彼らとは話しているうちに新たなアイデアが勝手に口から出てきます。例えば、モニター窓を作って、皆リモートでライブに参加できるMVにしようかと合成したりして検証もしました。

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そして「窓を飛ばすか」と発展していくのです。前半をよりパーソナルで出来るだけ閉じた世界にし、後半を開放していくために、窓が気持ちを運ぶことにしました。

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実現化への迷走

窓を投げて撮るわけにもいかないので、そこはCGを山崎貴監督にご相談しました。山崎貴監督は皆さんもご存知の通り、「ALWAYS 三丁目の夕日」「永遠の0」「DESTINY鎌倉ものがたり」「アルキメデスの大戦」など日本を代表する監督です。私なんかが安易に「山崎監督、ご相談があるんですがヒゲダンのMVの中で窓を飛ばせますか?」とその場で連絡したものだから、スタッフは顔面蒼白してました。

その後いろいろ検討くださった結果、やってくださることになりスタッフもメンバーも大喜びでした。監督は窓の飛び方の前に、窓の人格や、羽ばたきの具合を事細かく聞いてくださるので話していてとても面白かったです。そのうち「窓鳥」と名付け猛禽類から渡り鳥まで飛び方の特徴を話し合いました。

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(撮影日にわざわざ来てくださった山崎貴監督)

そしてジャケと連動した窓のステージ作りで悩みました。窓の数、大きさ、位置のあらゆる可能性を模型にし、いろいろな制限の中どのくらい作れるかどうかを美術の佐々木さんと詰めていきました。

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そして、このような形で完成しました。CGだったらもっと窓を増やせたかもと未だにモヤモヤ悩んだりしますが、実物があるからこその発見がありました。

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建て込みの日は、窓が鮮やか過ぎたので急遽塗り直してもらったり、自ら歌おうとしてみたりで、てんやわんやでした。


撮影は11時間延長の持久戦

そしてやっと迎えた撮影日。まずはパーソナルな窓の撮影から始めました。スタッフや親愛なるダンサー、家族、愛犬など次々に現れ撮影大渋滞を起こしました。なぜなら、スタジオの片隅でひとつひとつ窓を建て、照明を変え、撮影し、換気して消毒して、また新しい窓を建てるを繰り返したからです。

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(「Laughter」のアートワークのダンサー近藤良平さん)

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(鼻の上に...)

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(テンションがおかしくなるキャストとヘアメイクの冨沢ノボルさん)

そして、この撮影の段階で0時をまわり、ヒゲダンの演奏がとうとうここから始まるのです。深夜1時からにもかかわらず、パワフルで楽しそうな演奏でライブに行けないスタッフ一同、大喝采で盛り上がりました。

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ライブができない時にフルでHELLOを演奏してくださること、そして夜中からの撮影ということで体力も心配だったということもあり、スタッフには撮影という意識を取っ払って思いっきりヒゲダンの演奏を楽しんでもらおうと努めました。
想像を超えるパフォーマンスにより、さらに撮りたい絵が増え貪欲になってしまう我々の要望にも快く応えてくださったメンバーに心から感謝しております。

そして、最後の撮影はドラムの松浦さんが窓を開けるシーン。朝方近い時間にも関わらず松浦さんは「ビシッと決めさせていただきます!」と言い放ち、窓をビシッと開けてくれました。(笑)素敵でした。その姿を暖かく最後まで楢崎さんが見守っておりました。それぞれ声を掛け合い、お互いの絵や演奏をモニターで細かく確認するメンバーの仲の良さに我々も元気をいただきました。

メンバー撮影が終わったのが朝5時?!本当にお疲れ様でした。ずっと某テレビの密着取材もありながら、そして翌日からも多忙な日々をお過ごしの皆さんの健康を願います。

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(スタッフの希望で記念撮影をしてくださり笑顔で応じてくださるヒゲダン)

さて、スタジオの我々はこれで終わりじゃありません。このあとダンサーでもあり女優のリズちゃんの窓飛び、窓開けの撮影が再びはじまります。この時間になるとスタッフもハイになってきます。始終笑いが絶えず、終わったのが朝11時...

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いつもより多いカット数を1日で撮り切るというスケジュールであったことと、こういう時期なので消毒と換気を毎度念入りに繰り返したので時間がかかりました。

朝11時は夏空、快晴。スタジオから出てスタッフはこのまま翌日に控えている屋上の撮影を今からやりたいね、なんて話すほど元気でした。

屋上バンド?!

翌日(前日が昼帰りなので日にち感覚がない状態)、最後の屋上での演奏シーンの撮影です。
ヒゲダンは「Pretender」「宿命」と屋上が続いているので、今回はどうなのか企画変更の時に悩みましたが、窓が飛ぶことになり開放感のある場所をメンバーの皆さんと打ち合わせした際に「ここはもう、屋上でしょ。笑」と。それで良いのか確認したら「こんどは、東京を見渡せる、家の中にみんながいると思って演奏できるところ」と条件をいただけたので、探しました。

スタッフとロケハン(撮影する可能性がある場所をみてまわること)で、屋上をいくつも行ったのは、運動不足のおばちゃんの私には効きました。笑 たいがい、最後は階段なんです。登りながら、これは毎回みんな機材を運んでるなんてすごいなと疲れを見せないスタッフの背中を追いかけながら息を切らしました。

めざましテレビさんのご協力で屋上を見させて頂いたり、たくさん回りました。最終的に選んだ某ビルは、登った瞬間「わ」と声が出るほど全てが遠すぎず詰まって見えて一目惚れでした。

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(ロケハンで思わず、歌いたくなるオバさん)

そして撮影当日、テストを重ねるのですが、本来スタンドインの皆さんにお世話になるのですが、今回は弊社goen°スタッフの荒川(トム)がヒゲダンになりきって歌ってました。とても気持ちよさそうなトムをみて社員一同恥ずかしくなりました...

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そしてメンバーの撮影です。屋上にはじめて上がったメンバーは、とうとうここまで登ったかと盛り上がっておりました。今回がこれまでの撮影で一番高い場所だそうです。こんどはあれだ!とスカイツリーを指差してました。富士山登るかなど高さについて一通り話し、撮影は始まりました。

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スタジオの時以上に大きく、楽しそうで、勢いのある演奏でした。すぐにいい絵を撮ることができました。待ち時間は藤原聡さんもギター片手に皆さんで楽しく談笑しておられたり和やかな時間でした。

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そして、小さな窓をつけたカメラもお仕事終了です(笑)

編集はスマホで?!

撮影終えて納品が近いため、撮影中から仮編集をはじめました。私は娘の想い出の映像を毎回スマホで編集しているうちに、スマホでの編集が得意になってしまい、niko and ...をはじめ監督をする時、スマホで仮編集をするようになりました。
それをすぐ編集室に送り、組み上げていくというものです。子育てしながらだと、どこでも編集できてとても便利です。また今年はコロナ禍の中、編集室を過密にすることなく進められたので便利でした。

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(屋上の撮影中にも編集)

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(お見苦しい写真。幼稚園が休みのままだったため、遊ばせながらも編集。オデコに冷えピタ。クーリング編集…)
企画中、聴きすぎると聴こえなくなると前回書きましたが、それを超えると音がスローにしか聴こえなくなってきてしまいます。編集中はどの音もゆっくり聴こえてくるので不思議な感覚です。

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(スマホの編集中の画面より)

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(つねに山崎貴監督と窓鳥を進める。これはその時のメモ)

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(カラコレの様子)

そして、編集室にメンバー、スタッフの皆さんが駆けつけてくださり仕上げました。一緒にタイトルの演出を考えたり、演奏カットを吟味し作ることができました。


完成はコチラから↓
「HELLO」Official髭男dism


さいごに・・・

企画後に、緊急事態宣言突入により迷走し、再開した途端に嵐が過ぎ去る勢いで時間の足りない制作期間もようやく落ち着きました。
「HELLO」が好き、ヒゲダンの演奏が好きなのでずっと楽しくありがたい貴重な体験となりました。

普段はCMなので15秒。長くて90秒。なのでMVは同じ密度でやると破綻します。でも音楽を見える形で共に奏でられる時間は宝物です。MVではすごい監督が沢山います。面白い方が沢山います。尊敬します。わたしは、広告、エディトリアルや空間など多様にお仕事させていただいているので、時々でちょうど良いです。音楽は好きなことなのであまりにも夢中になりすぎて我を忘れてしまいます。(笑)専門ではできません。体力も実力もないことを感じます。
そんな私ですが、スタッフや仲間に恵まれこうして大好きな楽曲を届けることができたことを感謝しております。

これからももっと描きたい想像している世界があるので、ミュージシャンの方、楽曲とのご縁を大切に育てていけたらと思います。
MVをみて、オンラインライブをみてあらためて音楽は私たちの生きる力です!最高!感謝!

(goen° 森本千絵)

この先も、ジャンル問わずメイキングを中心に書きますので次回もお楽しみにしていてください。

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MV staff
Director & Edit:森本千絵(goen°)
Producer: 野澤伊万里(TFC)
      大村崇也(TFC)
Production Manager:平井千瑛(TFC)
Cinematographer : 重森豊太郎(Glassloft)
Assistant Cinematographer : 堀越優美
Lighting Director : 中須 岳士(style genann)
Lighting Assistant:小川 真人
Art : 佐々木尚(Glassloft)
Assistant of Art:田崎一己(Nouvelle Vague)
   岡部春菜(Nouvelle Vague)
Grip:小塚 和也(HIGH KING)
Assistant Director:濱里寅之(Diamond Snap)
Stylist : 柳翔吾
Hair & make up(Official Hige Dandism) : チチイカツキ
Hair & make up(Other Casts):Noboru Tomizawa(CUBE)
CG :山崎貴(白組)
   舟橋 奨(白組)
Offline Editor:キルゾ伊東(クジラ)
Online Editor:泉陽子(Omnibus Japan Inc.)

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【森本千絵プロフィール】

1976年青森県三沢市で産まれ、東京で育つ。
武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科を経て博報堂入社。
2007年、もっとイノチに近いデザインもしていきたいと考え
「出会いを発見する。夢をカタチにし、人をつなげる」を
モットーに株式会社goen°を設立。
現在、一児の母としてますます勢力的に活動の幅を広げている。

niko and...の菅田将暉・小松菜奈のビジュアル、
演出、SONYmake.believe」、組曲のCM企画演出、
サントリー東日本大震災復興支援CM「歌のリレー」の活動、
Canon「ミラーレスEOS M2」、
KIRIN「一番搾り 若葉香るホップ」のパッケージデザイン、
NHK大河ドラマ「江」、
朝の連続TVドラマ小説「てっぱん」のタイトルワーク、
山田洋次監督『男はつらいよ50 お帰り寅さん』や
2021年公開予定「キネマの神様」のデザイン。

広告の企画、演出、商品開発、ミュージシャンのアートワーク、
本の装丁、映画・舞台の美術や、
動物園や保育園の空間ディレクションを手がけるなど
活動は多岐に渡る。

現在、本年の二子玉川駅ライズ空間のクリスマスツリーや、
青森新空港のステンドグラス壁画を制作中。

【受賞歴】
N.Y.ADC賞、ONE SHOW、朝日広告賞、アジア太平洋広告祭、
東京ADC賞、JAGDA新人賞、SPACE SHOWER MVAADCグランプリ、日経ウーマンオブザイヤー2012、
50th ACC CM FESTIVALベストアートディレクション賞、
伊丹十三賞、日本建築学会賞、など。

【著書】
「GIONGO GITAIGO JISHO」
(ピエ・ブックス/2004年)
作品集「MORIMOTO CHIE Works 1999-2010 うたう作品集」
(誠文堂新光社/2010年)
ビジネス本「アイデアが生まれる、一歩手前の大事な話」
(サンマーク出版/2015年)
絵本「おはなし の は」(講談社/2015年)
絵本「母と暮せば」(講談社/2015年)


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