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計画は午後の喫茶店で

時計を見ると14時12分だった。
約束の14時半までには、まだ時間がある。

平日午後の喫茶店は買い物帰りの主婦や休憩中のサラリーマンなどでそれなりに賑わっていた。

アイスコーヒーを飲みながら、先日渡された書類に目を通す。
あいにく写真がないのでイメージしづらいが、これからやってくる人物の最低限のプロフィールを頭に入れる。

読み込んでいると後ろから肩を軽く叩かれる。
振り返ると軽い笑みを浮かべた桐山が立っていた。
軽く頭を下げて会釈する。

「早いな。何時に来たんだ?」
「ちょっと前だよ」

桐山の隣に小柄な男が立っている。
彼が先ほどのプロフィールの男か。思ったよりも痩せていて背が高い。
情報が正しければ相川という名前のはずだ。

「彼が?」
「ああ、ちょっと人見知りなもんでな」

相川は終始うつむいたままで、こちらを見ようとしなかった。鬱々とした雰囲気が漂っており、あまり友達になりたいタイプではない。だが、こちらとしては仕事さえちゃんとしてくれれば、その辺はどうでもいい。

「腕は確かだ」
「それならいいんだが」
桐山が相川をチラッと見るが、彼は相変わらずうつむいたままだった。
何の反応もない。
本当に大丈夫なのか?

「これが今回のだ」
わたしは隣の椅子に置いていた茶封筒を桐山に渡した。桐山は手慣れた様子でその封筒を受け取ると中身を取り出して読み始めた。一瞬、相川が桐山の方をチラッと見るが、再び黙ってうつむいた。

さすがに気になるのか、少しそわそわしているようだ。

黙って読み続けていた桐山は、ニヤリと微笑んで書類を置いた。
「いいんじゃないか?」
「よかった」
ひとまずホッとした。

「読ませていいか?」
「ああ」
桐山は書類を相川に渡した。

今まで無表情だった相川は食い入るように書類を読み始めた。
その様子を窺いながら、ゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。

「すごい」

相川の声は想像よりもだいぶ高かった。暗い雰囲気からは想像できないような明るい声で、若干意外だった。だが、その意外性も彼らしいと言えば彼らしい気もした。

「どう?」
「なかなかエグいですね」
今まで沈黙を通していた相川が堰を切ったようにしゃべり出した。

「まあね。抵抗はある?」
「いや、全然ないです。むしろこういうのやってみたかったかも。よくこんなヒドい方法を思いつきますね」

「仕事だからね」
「さすが。噂に聞いていた通りです」
「噂?」
「ええ。残酷な殺し方にかけては右に出るものがないと。あ、ご本人を前にして言うのもなんですが」
「なるほど」
「気に障ってしまったらすみません」
「いや」
思わず苦笑してしまう。そんな噂があるのか。
桐山がニヤニヤしている。

「あまり名誉な噂ではないね」
「そんなことないです。最高の褒め言葉ですよ」
「そりゃどうも」
面と向かってハッキリ言われるとなかなか気恥ずかしい。
相川は何度も書類を読み返している。まるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。目が爛々と輝いている。

「どうだ、相川? やれそうか」
「もちろんです。全力を尽くしますよ」
桐山が尋ねると相川は力強く言い切った。

その表情を見て安心する。最初の不安はすっかり消し飛んでしまった。
彼なら上手くやってくれるだろう。

「よし、話はまとまったな。何かあれば岩原先生に聞くんだぞ」
「はい!」

「じゃ、このマンガが成功することを祈って、この後みんなで飲みにでもいくか!」
「いや、まだ早いだろ」
「いいの、いいの。気にすんなって」
そう言うと桐山は伝票を手にして席を立った。

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