めずらしい新聞勧誘の話
一人暮らしをしていて面倒だと感じたことのひとつに勧誘がある。
特に新聞の勧誘がしつこい。
最初はこちらに話を合わせてニコニコしながらビール券などを渡してくるのだが、買う意志がないと分かった瞬間に態度を豹変させ、乱暴にドアを閉めて帰っていく。もちろんビール券は回収される。
あまりの豹変ぶりに恐ろしさを感じたものだ。
だが、1度だけ面白いことがあった。
そのとき来たのは茶髪の若者で、高校出たてといった容貌だった。口調も控えめで押しも強くない。勧誘の仕方もまだまだ慣れていないようだった。
わたしは最初から新聞を購読する気がなかったので、その旨を伝えると彼は片方の眉をあげて困ったなぁという表情を見せた。
事情を聞いてみるとノルマがあるそうで、それを達成できないと給料に響くのだそうだ。「大変ですね」などと言葉では同情しつつも、契約する気はまったくなかった。
「あの、とんなくてもいいので、契約書だけ書いてもらえませんか?」
彼はこんな提案をしてきた。
契約書を書いたら購読することになるはずだが、どうもそうではないらしい。なぜなら彼は「偽名でもなんでもいいから書いてくれ」と言ってきたからだ。さすがに自分の名前でなければわたしが契約を結んだことにはならないだろう。
子細を聞いていくと、こういうことはたまにあるらしい。
架空の人物でも何でもいいので、とにかく契約書を書いてもらう。何ヶ月かして配達の人が来ても、そんな人は存在しない。そのため、キャンセル扱いになる。
彼としては今、契約書を取ってノルマを達成してしまえばあとはどうなっても構わない。契約書が実は存在しないという事実が判明するころには彼は辞めている。
「こういうの、天ぷらって言うんですよ」
彼は照れくさそうに業界用語を説明してくれた。
とりあえず架空の人物の契約書を書いてみたが、確かに後日新聞が配達されることはなかった。
なるほど。
こうやった非効率なノルマ制度が組織をダメにしていくのだなぁと感心した経験だった。
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