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暖炉のゆめ

破壊的につかれた。
つまり、よくがんばった。
とも言える。

「つかれたー」
と口にするたび、
「がんばったー」
に変えようかと思うけれど。
やっぱり、つかれた時は
つかれた、がぴったりだ。

帰ってきてから、
だらだらと過ごす。
こんな時にかぎって、
無性に口になにか入れたくなる。
やたらとスマホをながめる。
家にあるお菓子をつまむ。
つまむ。
つまむ。

YouTubeをながめる。
音楽を次から次に。
なにかの曲よ、
私をあげろ、
かえてくれ、
と思う。
しかし。

ダメだ。

なにものかに、
頼りすぎたり、
依存は要注意。
という言葉がよくやってくる。
しんのある言葉は
そうはさせない。
すこし、つきはなしてくれる。

なんてことを思いながら、
皿をやっと、洗っていて。
あー、目が乾く、
と思いながら洗っていて。

ふと、頭に浮かんできた。

暖炉のこと。

私は本物の暖炉にあたったことがない。
海外の絵本によく出てくるあの暖炉。
あのあたたかさ、というのは
どんなものなんでしょうか?
この寒い季節になるたび、よく思う。
この絵本にもあの絵本にも
暖炉、暖炉、暖炉!
暖炉だらけ。

~暖炉展~
という企画があったら
見に行きたいと何年か前に思った。
絵本の原画を飾ったりして。
でもあちこちの絵本の原画となると、
大変なのかなあ、とか。
暖炉コーナーもあって。
暖炉の前には、
あのひとりがけのソファー。
そこで、暖炉の炎をながめるのだ。
こんな展示があったらいいなあ。
なんてことを、
皿を洗いながら思っていたら。

そしたら流れが変わった。
よしきた。
つかれの沼にいたからこそ
感じられるよろこび、
なのかもしれない。

心にあった、
暖炉のゆめ。
ああ、暖炉にあたりたい。

*写真
『火曜日のごちそうはヒキガエル』