絆創膏と夜の書店

風呂上がり。
額の触り心地に違和感を覚えて鏡を見ると、先日皮膚科で貼られたガーゼ状のものが無くなっていた。
「剥がれたら、まあ絆創膏でも貼っておいて」というお医者さんの言葉を思い出して部屋を探すが、どうやら切らしている。仕方なくマトモな服を羽織って、コンビニまで車を出した。

夕立を経た空気からは湿度のある懐かしい匂いがした。どこの記憶だろう。アパートの蛍光灯の下には、小さな蝉が迷い込んでいた。

夜の道は思ったよりも車通りが少なくて静かだった。この街の夜はこんなに心地よかったっけ。また、無くなったもののことを思い出していた。

去年まで、近所に少し寂れたショッピングモールがあった。スーパーマーケットに薬局、TSUTAYAとユニクロもあり、自分にとっては生活の拠点だったけれど、去年の秋に惜しまれながら全館閉店した。

寂れたといっても意外と休日の昼間はそこそこの人が集まっていて、自分は夜にしか行かなった。20時にはユニクロとかの専門店は閉まっていたけれど、自分が目当てに行くのは21時閉店の薬局や22時閉店のスーパーマーケット。仕事後にしても休日にしても、辿り着くのはだいたい20時前くらいで、いつも閉店のアナウンスが流れていた。耳に残っている閉店の曲が牧歌的で好きだった。最後の日にも流れてくれればよかったのに。

TSUTAYAに至っては23時まで開いていて、夜が早いこの街で唯一と言っていいほど、夜を過ごせる場所だった。落ち着いた照明の店内は居心地が良くて、訪ねてみれば思ったよりも人がいて安心した。特にこの数年、外に出づらかった時には、まだ世界は終わっていなかったんだという安堵みたいなものを覚えた。専門書の品揃えも良かったし、一度も使ったことはなかったけれど、併設されているカフェから流れてくるコーヒーの匂いが満ちる、夜のあの場所で過ごす時間が好きだった。

昨年の秋に全館閉店となった時には、セレモニーまで開かれた。今はもう寂れていたけれど、10数年前、まだ出来立てのピカピカだった頃に実家の方から訪れていたこともあって、実は昔から馴染みのある思い入れのある場所だった。だから最後の日曜日にも顔を出した。

確か心が落ち着かない時だったのか、なんとなく歩いて行ったのだ。歩いて行って正解だと思った。駐車場は見たことないほど混み合って、全盛期、いやそれ以上で、一台も停めるスペースがないようだった。薬局で買い物をしようにも、ほとんど商品は無かった。スーパーマーケットの見慣れた商品棚はがらんとしていて、いやに広く感じた。

小さな広場でお偉いさんがスピーチをしている姿を眺めていたら、どこからか一本締めが聞こえたかと思うと、わっと歓声になる。TSUTAYAのカフェが閉店した音だった。最後だというのに笑顔が溢れる様子が、終わりを礼賛する戦時中の空気みたいで、その時の自分にはひどく気持ち悪く見えた。

何枚か撮った写真を後になって眺めていたら、昔のことをぽつぽつと思い出していた。いつか外出禁止令を無視して、都内に住む人のところへ食料品やらを届けた。半休を取って買い出しに行ったのもあの場所だったっけ。冬の寒い寒い夜、あの場所に行くのが好きだった。夜に灯る暖炉のようで。あの場所で過ごした夜のことを、きっといつまでも思い出すのだろうな。

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