「アルプスの少女ハイジ」

※『電撃TV&ビデオ攻略ガイド』(2001年1月5日発行)より再録

放送日時●1974年1月6日~1974年12月29日
毎週日曜日19時30分~20時、全52話
放送局●フジテレビ系列

■作品解説 TVアニメを変えた作品
アルムの山小屋でおじいさんと二人で暮らすことになった5才のハイジ。山羊飼いのペーターと仲良くなり、初めてのアルムは毎日が新しい発見の喜びと感動の日々。が、8才になったある日フランクフルトへ連れて行かれ、名家の令嬢クララの学友として過ごすことになったハイジは、都会の窮屈な生活から病気になってしまう。
日曜の夜に一年に渡って放映された、余りにも有名な名作アニメ。後半は山を訪れたクララが歩けるようになっていく過程を中心に描かれる。
TVアニメに初めて生活描写を持ち込み、以後のアニメの流れを変え、名作劇場の基礎となった画期的な作品。現地にロケハンを行い、一年を通して固定のスタッフが全話を受け持つという当時の常識を覆し想像を絶する作業。
絵コンテと原画の間に専任のレイアウトシステムを導入することで一定のクオリティを保つ等、TVアニメの制作法そのものを大きく変革させた作品でもある。

●見どころ 確かなドラマと緻密な画面
『ハイジ』のアニメとしての魅力は主に前半部に集中していると言っていい。ことに小田部羊一、宮崎駿の2人が直接原画を描いた1、2話の完成度は圧倒的だ。ころころに着ぶくれていたハイジが下着姿になって山道を駆け出すシーンのわくわくとした解放感、おじいさんの山小屋を探検する楽しさ、山羊のミルクとトロリととろけたチーズの食事、干し草のベッド作りの楽しさ。空気をはらんで大きく膨らむシーツ、はずみで宙に浮いてしまうハイジの小さな体。リアリティとアニメならではのファンタジーの幸福な融合がここにはある。日常の中に潜む魅力を鮮やかに取り出すという演出の高畑勲の狙いは最高の形で結実した。2話のラストでハイジが見る夢のシーンも秀逸だ。高低を生かしたレイアウトの巧みさ、空気感が伝わって来るような美術も素晴らしい。山の牧場へ通い、夕焼けに感激し、樅の木の音に耳をすまし、小鳥を育て、ペーターのおばあさんと出会い、ハイジの幸せな日々が重なって行く(3~10話)。
19話で舞台がフランクフルトへ移ってからは、ドラマとして良く出来ているが故に却って見るのが辛い。憎まれ役であるロッテンマイヤーさんが心からクララのことを思っているのが伝わって来るだけに尚更。子ネコを捨てられてしまう24話、おばあさまの秘密の部屋でおじいさんにそっくりな絵を見て泣き出す28話等、思い出すだけで胸が詰まる。
34話で山へ戻ってからはクララが歩くまでのドラマが中心になる。ここで注目は、原作ではペーターが焼き餅から壊してしまう車椅子。アニメでは一度は歩けたクララが、歩くことへの不安から再び車椅子に頼ろうとして誤って壊してしまうことになっている(51話)。人の心の機微と、それを超える人間の可能性を見つめるドラマ作りの勝利である。
周囲の人の心を温かく溶かしていくハイジの素直な明るさ、人間の本当の幸せとは何かを静かに語りかけて来るドラマ。ハイジをはじめとする声優陣の好演、毎週の放映に合わせてフィルムを作り続けるという前代未聞のスケジュールの中で全スタッフ一丸となっての努力、その厳しさを感じさせない緻密な画面の積み重ね、全てが一体となって人々の心に永遠に残る名作を作り上げたのだ。

▲周辺情報
それまで日本人が漠然と抱いていた、おさげ髪に民族衣装というハイジ像をすっかり覆して定着させた優れたキャラクターデザイン。海外で放映された時は誰も日本製アニメとは信じなかったという逸話もあある。が、パイロット版のハイジはおさげ髪。愛らしいこのデザインも捨て難く一見の価値がある。パイロット版の作画はベテラン森康二。なお森は本編のOPも担当、ハイジとペーターのダンスは宮崎らが作画の参考に実際に踊って見せたという。

※初出:電撃ムックシリーズ『電撃TV&ビデオ攻略ガイド』メディアワークス発行(2001年1月5日)、構成・編集=島谷光弘
※内容は執筆当時のものです。

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