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『パリの迷い子たち』エッフェル塔から注がれる天使の視点

この小説(原題: The Strays of Paris)は、イギリスの大手書店のWaterstoneでフランスやパリに関する小説が集められていたコーナーに平積みになって紹介されていた。文章も短く手軽に読めそうな感じだったので、手にとってみた。作者はアメリカのピューリッツァー賞作家のジェーン・スマイリーで、日本語のウィキペディアページもまだ存在せず、日本ではあまり知られていない作家のようだった。

物語の舞台は、観光名所エッフェル塔。正確には塔の北側にあるトロカデロ庭園とその南側に伸びる広大な緑地、シャン・ド・マルス公園周辺。そこに迷い子として登場するのが、主人公である牝馬パラスだ。パラスはサラブレットの競走馬として人間に大切に育てられてきて、何不自由ない生活を送っているのだが、あるときちょっとした好奇心から外へ駆け出してみて、このエッフェル塔界隈に迷い込み、そこにいる様々な生き物に目撃される。トロカデロ宮殿の近くに住む野良犬のフリーダ、その近くのベンジャミン・フランクリン像から地上を見下ろすカラスのラウル、公園の噴水で騒がしく議論する二匹の真鴨シッドとナンシー、公園横の高級住宅地マリノ二通りに暮らす少年エティエンヌ。エティエンヌは体の弱った高齢の祖母と二人暮らしなのだが、二人の生活は長年その家に住んでいるネズミ一家が見守っている。

まるで子供向けアニメのような物語設定なのだが、作者はそれぞれの動物の特性を十分に生かしてキャラクターを作っている。そしてただ動物たちを陽気な生き物として擬人化するのではなく、それぞれが迷い道に入り込んでいて、人が生きる以上必ず突き当たる悲哀という側面まで動物たちに投影させる。それでも最後には全員がハッピーエンドで終わるというまさに『大人向けの童話』と呼ぶにぴったりの小説で、おいしそうなパンの匂いが朝もやのパリの空気に溶け込んでいる描写もあり、パリが好きな読者にとっては最高の読書体験となる。

エッフェル塔に行けば、誰もがその建造物を見上げ、人類の残した偉大な知識の集合体に敬意と称賛を惜しまない。そして自分たちだけがこの世に存在するかのように、自分とその建造物がどう写真に写るかだけにしか興味を持たないこともある。この物語の作者のように、私達が人間以外の様々な生き物にも天使のような柔らかな視点を向けることができたら、人間社会はもう少し生きやすくなるのかもしれない。


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