mushanokoji_shinri

日本を離れてイギリスに住みだしてもう二桁の月日が経ってしまいました。どこで暮らしてもや…

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日本を離れてイギリスに住みだしてもう二桁の月日が経ってしまいました。どこで暮らしてもやっぱり私が好きなものは、文学、クラシック音楽、バレエ、映画、いろんなテレビ番組を見るというインプット系のものばかりです。自分に取り入れたものをアウトプットしたくて、noteを始めました。

最近の記事

日本の扉の物語『すずめの戸締まり』

豊かな想像力が、人間を自然の脅威への恐怖から少しだけ開放してくれる。日本の要石の話は、村上春樹の小説などに現代の神話のよう謎めいて描かれてきたけれど、新海誠監督は、まるで江戸時代の絵師が大きなナマズ絵を描いて地震を表現したように、老若男女にわかりやすく、それでいて21世紀の日本人に響くメッセージを込めて、日本人の地震の迷信を物語化してくれた。 しかし、テーマは「地震」だけではない。日本人は躾として「きちんと襖を閉める」ということに意識を向けるが、そこに一種の美学を感じ取った

    • アレグロとアダージオが紡ぐバレリーナの人生。

      表紙は、今ではほとんど見ることのない1950年代ごろのバレリーナの体の線。背表紙にはイギリスでバレエの発展に貢献したアリシア・マルコワからの賛辞もある。そのシンプルでも何かバレエの真髄が詰まっていそうな装丁に魅かれ、古本屋で購入した。作者は、1932年に米アカデミー賞で最優秀作品賞を受賞した『グランド・ホテル』の原作者のヴィッキイ・バウム。ウィーン出身でその後アメリカに移住した女流作家だ。 主人公は、1954年頃のニューヨークに住む47歳のプリマバレリーナ、カティア・ミレン

      • 映画『オッペンハイマー』そこに描かれていない日本を探す

        やっとこの映画を見た。直後に出てきた感想は、怒りに近いものだった。どうして私達日本人はアメリカにこんなにむごいことをされても、その後アメリカと友好関係を結ぶようになったのか。戦争が終わってからアメリカがどう日本人をマインドコントロールし、またどう日本人がマインドコントロールされてきたのか、映画には描かれていない部分について考えてしまった。 私は岡田斗司夫さんのファンで、どの動画だったか忘れてしまったが、アメリカが第二次大戦中の日本をどう見ていたかについて話している動画があっ

        • 終わりは始まり。Laufey『From the Start』

          昨日、去年の5月から始めたプロジェクトを失敗という形で打ち切ることにした。このプロジェクトを成功させることができたら、職場で私の昇進もほぼ約束されたようなものだったので頑張ってきたけど、どうやっても成功という形には持っていけないことが分かった。いや、実はもっと以前、去年の12月ぐらいにはそういう予感がしていたので、もっと早くやめていればよかったのだ。でも決断ができたのは、2024年3月6日。これが私の精一杯の結果で、昇進も遠のいた。 この決断をしたその直後、どうしたことか私

        日本の扉の物語『すずめの戸締まり』

          『パリの迷い子たち』エッフェル塔から注がれる天使の視点

          この小説(原題: The Strays of Paris)は、イギリスの大手書店のWaterstoneでフランスやパリに関する小説が集められていたコーナーに平積みになって紹介されていた。文章も短く手軽に読めそうな感じだったので、手にとってみた。作者はアメリカのピューリッツァー賞作家のジェーン・スマイリーで、日本語のウィキペディアページもまだ存在せず、日本ではあまり知られていない作家のようだった。 物語の舞台は、観光名所エッフェル塔。正確には塔の北側にあるトロカデロ庭園とその

          『パリの迷い子たち』エッフェル塔から注がれる天使の視点

          トレバー・ノアのお笑いに衝撃を受ける。

          イギリスに10年も住んでいれば、もう英語なんて問題ないでしょーと思われるかもしれないが、やっぱり今でも英語は苦手だ。同僚たちと話していても、私だけ一人冗談が理解できていないことは未だに起きる。昔はそういう自分を恥ずかしいと思ったりしていたけど、最近は日本で友達と話していても私だけ最近の日本のお笑い事情がわからないため私だけがついていけないこともよくあるので、どっちでも変わらないなぁと思うようになった。 でも長く住んでいると、イギリスも含め英語圏の社会事情に少し明るくなってき

          トレバー・ノアのお笑いに衝撃を受ける。

          小澤征爾さん、私は無事二足歩行動物に戻れました。

          小澤征爾さんのファンになったのは、1993年ベルリン郊外ワルトビューネで行われたベルリン・フィルのピクニックコンサートのテレビ放送だった。バレエファンだった私はチャイコフスキーのバレエ曲ならだいたい聞き慣れていたのだけど、小澤征爾さんが指揮するくるみ割り人形の『花のワルツ』を聞いたとき、私の目前に広大な花畑が広がり、そこで花々がたくさん空に舞い上がっているような幻想を覚えた。ああ、これはバレエダンサーとか特定の人たちにある音楽ではなくて、一般の聴衆でも花のように舞い上がって、

          小澤征爾さん、私は無事二足歩行動物に戻れました。

          フランスの伝統は生きている。

          Netflixでフランス制作の『Lupin』を見終えた。パート4にも期待したいのだけど、パート3でほぼすべての伏線は回収しているので、ここで終わってもまぁいいかという気もしている。 原作の怪盗アルセーヌ・ルパンの良さを忠実に守りながらも、アフリカ系の「ルパン」が実にうまく現代のフランス社会にぴったりと収まるようなストーリー展開となっていて、原作を知らない人もこの作品を通してモーリス・ルブランのルパンを知りたいと思うだろうし、原作を知っている人ももう一度原作を読み直したいと思

          フランスの伝統は生きている。

          映画『Maestro』ー私達は色彩のある社会を生きているか?

          名指揮者レナード・バーンスタインの音楽や人生については、すでに多くのクラシックファンには知られていることもあるし、この映画自体が何かバーンスタインの新しい側面を見せてくれるという訳ではない。でもやっぱりこの映画は一見、もしくは多分音楽を楽しむためにもう一度以上見る価値は十分にあった。 映像の編集と音楽の使い方が見事だ。それだけ制作として名を連ねるスピルバーグやスコセッシも、ブラッドリー・クーパーが次世代のアメリカ映画を牽引していく存在としてその才能を認めているということだろ

          映画『Maestro』ー私達は色彩のある社会を生きているか?

          スター誕生。谷桃子バレエ団物語

          星のようにきらめく瞳で、『白鳥の湖』の主役に選ばれた22歳の新人ダンサー森岡恋が、稽古場の一点を見つめている。視線の先には、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエのプリマバレリーナ平田桃子の白鳥オデット。彼女のアラベスクは、足元から白い百合の花が大輪を咲かせているように艶やかだ。「次元が違う…」とつぶやく恋の背景には、バレエへの純真さを象徴するたくさんの小さな白いかすみ草が描かれている…。 谷桃子バレエ団が配信するYoutubeの動画を見ていて、こんな少女漫画にあるような一場面

          スター誕生。谷桃子バレエ団物語

          きっと気持ちは通じ合うー『夜中に犬に起こった奇妙な事件』

          https://amzn.eu/d/7MprSP0 イギリスの中学校に通う息子が、英語の授業で使う本だということで読み始めた。邦訳も出ているし、ウェストエンドで舞台化もされるほど、イギリスでベストセラーになった児童小説。 主人公は15歳の男の子。アスペルガー症候群がある。この主人公クリストファーが語り手となって、家の近所で起きた犬殺害事件の犯人を探し出す話だ。 読者は1ページ目を開いたときから、もうすでにこのクリストファーの特異な脳内に面食らう。 彼は数字が大好きで、

          きっと気持ちは通じ合うー『夜中に犬に起こった奇妙な事件』

          消えゆく声を呼び起こす『ゴジラ-1.0』

          半世紀近く日本人として生きていているけど、ゴジラを映画館で見るという選択肢を取ることは全く無かった。もともと怪獣映画にも全く興味がない。でも、『ゴジラ-1.0』だけは、絶対に映画館で見なくては、強く思った。そうさせたのは、VFXが得意な山崎貴監督が撮った作品はやっぱり大画面で見ないと楽しめないということ(『アルキメデスの大戦』を長距離フライトの機内で見てすごくがっかりした経験から)と、その時代設定にビビッときたからだ。 丁寧な時代考証でなぜ戦後にゴジラを日本人が退治しなくて

          消えゆく声を呼び起こす『ゴジラ-1.0』

          あ、騎士団長?

          村上春樹氏の著書を自らの強い意志で選び取ることはほとんどなかった。でも気がつくと、周りの人たち(それもちょっとおもしろい個性的をもった人たち)が、村上春樹作品の熱心な読者で、私もそれに感化されて読むことになる。『騎士団長殺し』もそうした経緯で私の手元に収まったのだが、第一部『顕れるイデア』を読んでもうそれ以上読み進めるのは止めようと思っていた。作品に登場する女性陣がどうも男性が描く理想の女性像であるような気がして、それがなんとなく居心地を悪くさせるからだった。 ところがある

          あ、騎士団長?

          日本語が読めることのありがたさ。

          2023年に読んだ本の一冊にアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『人間の大地』がある。260ページ程の新潮文庫なのだけど、堀口大學の日本語訳がフランス語に忠実すぎるのか、翻訳時の日本語が今ではあまり使わない表現が入っているのか、なかなか読み進められなかった。それでも最後まで読めたのは、宮崎駿がカバー装画とともにあとがきを書いていて、そのアニメの巨匠が書く文章に先に引き込まれてしまったからだ。 あとがき『空のいけにえ』は、「人類のやることは凶暴すぎる。」と、頬に平手打ちを食

          日本語が読めることのありがたさ。