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怪談/風船

 悪魔のVさんは、子どもの姿で現れる。

 相手を油断させて取り入るか、子どもに興味を持つ人間の心を乱すか。
 どちらにせよ、子どもの姿で人間を陥れるのが趣味だ。
 そんなとある日のこと。
 Vさんはあるテーマパークに入り、ひとり歩き回っていた。

 華やかな人混みは苦手なのだが、ここには多くの欲望が渦巻いている。
 みな幸せそうに見えて、どこか心に闇を抱えている。
 そんな魂をゲットできたら、仲間達にも自慢できる。

 するとそのとき、Vさんはとある着ぐるみに目を惹かれた。

 歩く動物の姿をした着ぐるみのまわりを、たくさんの子ども達が取り囲んでいる。
 どの子ども達も目を輝かせながら、着ぐるみから風船を受け取っていた。

 キュッ、とVさんの心臓が縮んだ。
 Vさんは実際に子どもなのではない。
 あくまでも体裁で子どもの姿を取っているだけだが、希望にあふれた子ども達の姿を目の当たりにすると、自分と子ども達の差を意識してしまい落ち込んでしまう。

 自分とは。
 悪魔とは、永遠の迷い子のようなものだ。
 親たる存在に見放され、絶対の孤独に耐えながらただ存在しているだけ。

 ときどきこんな感覚に支配されるが、そんなことではやっていけない。
 やる気を取り戻そうと頭を振っていると、着ぐるみの姿が視界から消えていた。

 ――と、思っていたら。

 真横に着ぐるみの姿があった。
 Vさんが驚いて動けずにいると、着ぐるみが風船を手渡してくれた。
 真っ赤な風船だった。

 うっかり、「ありがとう」とお礼を言ってしまった。

 着ぐるみは満足そうに、こっけいな動きで遠ざかっていく。
 Vさんは風船を持ち呆然とするしかなかった。

 その数分後。
 Vさんはテーマパークから遠く離れた廃墟の屋上にいた。

 ――どうして、お礼など言ってしまったのか。

 どうして、こんなに嬉しいのか。
 風船を持ったVさんの顔は、あまりにも可愛らしく綻んでいる。
 ゆらめく小さな風船が、とてもVさんの心を掴んでいた。

 悪魔になってから、子どもとしての自分を搾取しようとする者は多くいた。
 しかし無償の愛を授けてくれる者はどこにもいなかった。
 小さなことではあるが、この赤い風船がまるでVさんという存在を祝福しているかのように感じられた。

 そのとき。
 風船が、突然、閃光を放った。
 耳をつんざく爆風。崩れる廃墟の屋上。

 Vさんが気づいたときには、風船は欠片も残っていなかった。

 風船は、巧みに偽装された小型の爆弾だったのだ。

 着ぐるみの中にいた男は、無作為に用意した爆弾を子ども達に渡し、テーマパークを地獄絵図に変えようと画策していたのだ。
 理由あってのテロではない。
 自分を負け組として蔑んだ男の、悲しい無差別殺人だった。
 しかしテーマパークの警備員は優秀だった。着ぐるみの男が不審者だと気づき、彼を抑えつけ、風船をすべて回収し爆弾を解除したそうだ。
 Vさんに渡されたもの以外は。

 爆弾如きで滅ぶことはないが、Vさんは灰まみれで夕空を眺めていた。
 そして自分の孤独が決して癒やされないことを思い知らされ、どこかへ去っていった。



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