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読書キロク|ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~


「珍しい古書に関係する、特別な相談がある。」

来城慶子の謎めいた依頼に、ビブリア古書堂の店主、篠川栞子と従業員の五浦大輔は鎌倉の雪ノ下にある依頼人の家へ向かいます。

その家には、稀代の探偵、推理小説作家である江戸川乱歩の膨大なコレクションが保存されていました。来城慶子は、恋人であった鹿山明が遺したその蔵書を譲る代わりに、彼が生前に残した精巧な金庫を開けて欲しいと依頼します。

そこには、乱歩作品を取り巻く人々の数奇な人生が絡んでいました。

金庫を開ける手掛かりを探すうちに、栞子さんたちは、鹿山明の二面性に気づきます。生前の鹿山明を知る人たちの証言が明らかに食い違うのです。厳格で生真面目な教育者の姿と、明るく話好きな乱歩マニアの姿。どちらが本当の彼の姿なのか。そして、彼が身近な人たちに死ぬまで本性を隠し続けた意図は何なのか。 

「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」

これは、本書に繰り返し登場する乱歩の言葉です。
乱歩には、日常から乖離した別世界への憧れ、変身願望のようなものがあったといわれています。日本の探偵小説の基盤を築いた乱歩は、一方で天井裏からの覗き見や陰惨な性愛など、猟奇的、幻想的なテーマを取り上げた作品も残しました。さらに彼の小説には黄金仮面や怪人二十面相のように、1人が複数の役に変身するというモチーフが繰り返し登場しています。

乱歩マニアであった鹿山明は、二面生を持つことで、自分自身を乱歩や乱歩小説の登場人物に重ねていたのではないか。乱歩に強く惹かれた彼自身にも、変身願望や心の内に広がる豊かな空想の世界があったのではないか。ヒトリ書房の井上が言うように、鹿山明は複数の顔を持つことに楽しみを感じていたのかもしれません。


しかし、本人にとって楽しくとも、彼と親しかった人たちからすると少し悲しくなるような気がするのです。

心の内を全てをさらけ出すことが良いことだとは思いません。
人は誰でも、話したくないことや触れてほしくない過去があります。相手の望む距離感を保つ気配りは、どんなに親しい間柄でも大事だと思うのです。
でも、これだけはっきりと二面性を持ち、別の顔を意図的に隠されていたら。いくら本人が楽しくてやっていたことでも、何だか大切だったその人が、急に遠く感じる気がしてしまいます。

五浦さんは、乱歩や鹿山明という人間の複雑さに触れるうちに、こんなことを考えます。

 ひょっとすると登場人物ばかりではなく、江戸川乱歩を愛読する人間にもそういう要素があるんじゃないだろうか。
 愛人の存在や自分の趣味をひた隠しにしていた鹿山明、鎌倉の家で息をひそめるように暮らしている来城慶子、家族を捨てたきり十年も戻らない篠川智恵子——それに栞子さんのような人たちには、現実の世界がどう見えているんだろう。ふとしたきっかけで夢と入れ替わってしまうような、作り物のようなものに感じているんじゃないのか。

P257

近いけれど遠い。
いつか、自分の元をふらりと離れていってしまうかもしれない。

「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」
乱歩の遺した言葉が頭によぎります。

きっと離れて行く側にとっても、今の場所が大事でないはずがないと思うのです。でも、どうしようもないほどの強烈な好奇心や抱えきれないものがあって、突然その場を去ることがある。

しかし、離れて行った後には取り残される人間がいます。その人たちにだって、抱える思いがあります。


大事だからこそ、儚い繋がりに胸がギュッとなりました。

300ページ以上ある長編でしたが、スラスラと1日で読み終えてしまいました。次の巻も楽しみです。

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