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日常と非日常と、映画と。(『PERFECT DAYS』讃歌)

  2023年の大晦日、「札幌の奥座敷」と言われる定山渓温泉で一泊しました。元旦の午前10時、チェックアウト時間に合わせた送迎バスに乗って、札幌駅着が午前11:00。正午には十分帰宅できます。翌2日からは仕事…でも、まだ半日あります。
  「せっかくの休みだから、もう少し何かしたいな」と思い、よく分からない思考回路が導き出した結論が、「映画でも観るか」でした。

  「札幌_映画」で検索したところ、『ヴィム・ヴェンダース監督』という言葉が飛び込んできました。しかも『役所広司主演』。大好きな俳優さんです。『パーフェクト・デイズ』を観ることにしました。
  昔、よく映画を見ていたとき、この監督の名前は何回も目にしていました。「1本くらいは観たことがあるだろうな」と勝手に思っていたのですが、監督作品を調べてみたところ、実際に見たことはありませんでした...。

  夕方の上映はなかったので、21:40の回を予約しました。家で少しボーッとして、夜、いざ出陣。映画館は、日本人の手による初のビール工場「開拓使麦酒醸造所」の跡地に立つ商業施設「サッポロファクトリー」内にあります。
  元旦の夜なので、施設内の他の店は、もうやっていません。映画館のソファで待つこと約30分。開場です。

  ヴィム・ヴェンダースは、小津安二郎監督の名作『東京物語』を愛し、『東京画』というドキュメンタリー・フィルムを作るほどの人です。今回の作品は、「日本で撮る」ということもあるのでしょう、畳より少し目線を上げたくらいのローアングルからの主人公の描写が、「東京物語」の象徴的な場面と重なります。ヴァン・ゴッホが浮世絵を好きで、浮世絵の手法で絵を描いたのと似ているかもしれません。

  私には「映画のカメラ」というと、何か「俯瞰して撮る」というイメージがあります。良し悪しを超えて、「虚構→非日常」という事実を、画面を通して客観的に表現している感じを受けるのです。
  一方、ローアングルからの映像の多さは、「現実性=リアリティ→日常」を感じさせる要素が多いと思います。
  また、今作では、主人公の日々の営みが、あまり変化することなく、淡々と進んでいきます。これも、日常を感じされる要素でしょう。

  ただ、日常性を感じさせる要素がてんこ盛りの今作ですが、何か日常性を感じない自分がいたのです。
  「君は映画の主人公じゃないし、当たり前でしょ」と言われれば、「はい、そうです…」と認めるしかありません。でも、何か私の中で引っかかるものがあり、思考がグルグルと勝手に創作ダンスのごとく踊っている感じです(何のこっちゃ…)。
  いろいろな考えが浮かんでは消え、消えては浮かび、「時間軸」と、別の意味での「俯瞰」、これらが原因なのかな、と思い至りました。

  当たり前なのですが、あまり大きな変化がないとはいっても、数日間の出来事を2時間弱で表現しています。本も現実と文中の事柄とは時間軸が異なりますが、自分のペースで読めます。映画は、フィルムの時間に伴走します。映画時間という、別の時間軸の出来事だということを実感させます。これが一点目。

  そして、別の意味での俯瞰、つまり他者の視点に立てるということです。
  役所広司演じる主人公が、子供を助けたのに、親の先入観から残酷な現実を突きつけられる場面があります。でも、子供の小さな動作から、主人公は救われます。笑顔が戻ります。
  けれども、この場面、もし主人公が悲しさや悔しさから下を向いて、子供の所作に気づかなかったら、彼はその後、どんな気持ちになったのだろう。生活、生き方に何か影響したのだろうか。いろいろと考えさせられます。
  やはり、日常を描いているといっても、観る者は作中の人物が考えないであろう、一歩引いた思考をすることができます。これもまた、俯瞰的な視点を持つ、ということでしょう。

  映画を観て、あまり代わり映えがしないように感じている日々の生活であっても、細波のような変化があることを再認識しました。
  私たちには、選択した結果しか分かりません。「あのとき、こういうふうにすれば良かった」と思うこともありますが、その選択をしていたら、それがどのように後に影響したのかは、結局、分からずじまいです。神のような俯瞰的視点で、自分のことを捉えることはできません。
  ただ、それでも、ちょっとずつこれまでと違うことを考え、ちょっとずつ今までとは異なる選択肢を取ることによって、それがパーフェクトではないにしても、「もしかしたらベター・デイズになったかも」と考えられる、そういうふうに生きていけたら、と思いました。

  飽きそうで飽きない、物語が色々と転んでいきそうで、あまり転んでいかない。ドラマティックな展開がなく、映画的でないと思いながら、とても映画らしいとも思う。作り物臭さがないと感じながら、でもこんなの現実にはないよな、とも考える...。
  魅力ある作品の特徴として、いろいろな人が、多くの視点から、さまざまな考えを巡らせる、というのがあると思います。それも、楽しみながら。私にとって、この作品はそうでした。

  『パーフェクト・デイズ』讃歌。

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