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【日記】おじさんが心に住んでいる


▼小さいおじさんと過ごした10代

 世の中には美少女になりたいおじさんが存在するという。
 私は生物的には女だ。だが、私の心にはおじさんが住んでいるので、気持ちは分かる。
 女としての私は、美少女になりたいとは思わない。だが、心の中のおじさんは美少女というステータスを求めている。そういう話で間違っていないだろうか。

 さて、私は美少女ではないが、おじさんが「美少女になりたい」と口にするような文脈で、昔からおじさんになりたかった。

 私は女として生まれた。

 女として女子校に通った時期もあるし、毎月何日かは意に反する出血に翻弄される。ある程度歳をとってからは毎日ファンデーションを塗り、紅を引き、時折髪を巻いている。(化粧は女の特権ではないので、後半の表現は不適切かもしれない)

 そうやって自他ともに女と認識して生きている人間だが、いわゆるティーンエイジャーのとき、自分の中のおじさんに気づいた。
 バイとかゲイとかレズビアンとか、性別的な話ではなく、心におじさんが住んでいた。

 私の中のおじさんは、心に住んでいるだけあって推定10数センチと小さかった。
 彼はいつも腕組みをして難しい顔をしていたが、食べものを与えたときと、美しい景色を見たときには小躍りした。小さいおじさんはダンディな男性に憧れていた。

 小さいおじさんの影響を受けてか、ティーンの私は33歳という年齢に憧れを抱いた。
 33歳という、精神的にも経験的にも安定し始めただろう年齢は最も幸せな時期だろうと夢を見た。

 年齢については10人が10人、全く別の意見を言うだろう。なので、これはあくまで私の主観だが、どうやらティーンの時点で、自分が女であることを忘れていたらしい。

 女として生きていたなら、おそらく、33歳という年齢に憧れなど抱かない。

 20代前半で人生の伴侶を見つけ、後半で結婚し、30代前半で子を授かる。
 というのが何万回とコピペされてきた女のセオリーだ。この女のセオリーから外れて苦悩する女性が多数の中、私ははなから結婚・出産を人生の選択から外していた。
 社会に出て、約10年働けばある程度心に余裕ができるだろうと踏んで33歳に憧れた。働くことを大前提とし、誰かと生活をともにすることは全く考えていなかった。
 心の中におじさんが住んでいたので、女として生きながら、おじさんの人生軸で将来を決めた。

 ティーンの私と小さいおじさんは、立派なおじさんになることを夢見ていた。

【理想のおじさん像】

①独身
②物腰柔らかで静かに笑っている
③高収入ではないが、安定した生活を送っている
④老後は趣味に準じたボランティアをする
⑤知識豊富な賢人

 我ながら書いていて恥ずかしい人物像だ。まるで乙女ゲームの攻略キャラじゃないか。
 まず、「知識人で伴侶がいない」という時点でわりと非現実的だ。

 「結局は女の夢想じゃないか」と言われたら、そういう深層心理もあるかもしれないとフロイト先生を頼ってしまうだろう。
 しかし、私はそういう男性とご一緒したいというより、上に挙げたような「カッケェ大人」になりたかった。
 欲はなく、決していからず、いつも静かに笑っている。人として余裕のある、そういう者になりたかった。

 つまるところ、凛とした人物を「おじさん」と呼んでいたのだ。
 三十路が近づく最中、「30代はまだおにいさんだ」と主張したい気持ちはある。しかし、10代からすれば30代はいいおじさんだったし、理想の年齢は33歳だった。

▼理想のおじさんが生きていた


 この自称"おじさん"のYouTube動画を初めて拝見したとき、大変失礼ながら「私だ!?」と思った。
 私が夢に描いたおじさんが、動画の中で海外駐在員をしていた。
 独り身で旅行を楽しみながら、毎日キャベツを食べて、ごくたまに贅沢をする。
 ほんの少しの荷物を持って、好奇心は旺盛に、控えめな態度で、必要なときに外へ出る。

 理想のおじさんが生きていた。

 そんな彼が先月、「書籍を出します」と発表した。グランドキャニオンらしき無骨な背景の前で、彼は宣伝動画を撮っていた。

 海外駐在員というと、どうしても大手企業や金融機関を想像してしまうが、「あまり知られていない旅行代理店」で働いていることが初めて明かされた。
「言っても分からないと思います」という謙虚な姿勢を目にして、彼はますます私の理想となった。

 このおじさんになりたい。

 早く彼の著作を手に取りたい。動画を見てから速攻で本を予約した。彼の書籍を読むために10月を生きた。

こだわらないことが唯一のこだわり

ギリギリ消耗しない生き方/US生活&旅行

 そして、彼の本を読了したのでこのnoteを書いている。
 理想とするおじさんの本を読んで、私は初めて具体的な目標を持てた。20代も後半に突入し、ようやく自分が分かってきた。
 海外駐在員おじさん曰く、目標は持たないそうだが、おじさんになりたい私はずっと具体的な職業名を欲していた。

 いつか旅行関係の仕事に就いてみたい。未経験だし、すでに業界転向を経験したことがあり、今の業界を好いてもいるので、旅行関係の仕事に就くのがいつになるかは分からない。
 でも、海外駐在員おじさんの経験談を読んで、燻っていた己の願望がはっきりと見えた。

 海外駐在員おじさんの仕事の話を通じて、旅行代理店の従業員はフィールドワークをすることを知った。(職種によるだろうが)
 私はそれをしてみたい。実際働き始めたら楽しさは1割かもしれないが、どうせ毎日8時間以上働くのだ。仕事を通して世の中のおもしろいものを知れるなら、泥水だって啜りたい。

 (海外駐在員おじさんは流行などにあまり興味がないので、トレンド調査は正直に申し上げるとあまりおもしろくないらしい。実直であけすけな感想に笑ってしまった)

 「異文化交流」という人間の文化を昔から愛していた。自分の文化を相手に伝えたいし、相手の文化視点から自分の文化を理解したい。

 10代の頃から旅行が好きだったわりに、特定の国や地域に憧れを抱いたことがなかった。私がミーハーで、浅い人間だからきっと1つに執着できないのだと一時期は悩んだ。
 最近は開き直っている。欲張りだから1つじゃ足りないのだ。
 ものごとには必ずいい面と悪い面があり、どちらも愛しいから異文化は素晴らしい。

 なんとなく社会人を始めて、なんとなくここまで生きてきた。なにになりたいかと問われればなににもなりたくないというのが本音だった。

 そうして生きるうちに自分の得手不得手すら知らない大人になった。私は憧れのカッケェ大人から程遠い存在となっていた。

 大多数の人間がカッコ悪さを背負って生きている。私もカッコ悪さとともに生きている。

 でも、自分に素直じゃない人間は「カッコ悪い」とすら形容できない。自らから噴出する不平不満に溺れて死ぬ人間はカッコ悪さを超えている。
 不平不満とともに死ぬなんて、私からすると汚物に塗れたような死に様だ。自分に素直じゃない人間は「カッコ悪い」の一言で片づけられない。醜さを感じる。

 私は一応女に分類されるので、「かっこいいおじさんになりたい」という願望自体非現実だと思っていた。
 でもそれは、自分の願望を封じて、醜さを背負って死ぬのと同じだ。

自分の意見ははっきり言ったほうがスッキリしますし、
相手にも考え方を理解してもらえるので、
逆に人間関係を上手く構築できていくことのほうが多かったように思います。

ギリギリ消耗しない生き方/US生活&旅行

 作中のこの一文に影響を受け、やはり私は「かっこいいおじさん」になりたいと思った。
 彼は理想のおじさんになりたい女の背を押すことを想定していなかっただろう。

 「言いたいことを言った方が案外人生上手くいく」という人生のアドバイスは世の中に溢れているので、目新しい一文ではない。
 しかし、この一文は彼の人生経験から生まれたただの「感想」だったから、とても響いた。

 私はこれから周りに宣言していきたい。
 かっこいいおじさんになりたい、と。

 最近興味のある美術史や、古代史を極めて老後にはツアーガイドをやりたいと。このまま独身のまま生きたいが、孤独は嫌だから家庭を持ってもたまに話してね、と。
 くだらない夢を話して、自分にとって大切な人だけを周りに置いていきたい。

 海外駐在員おじさんは20代中盤で体調を崩して半分ニートになったらしい。
 傷だらけの職歴では雇い手が見つからなかったので、仕方なく海外へ行き、初心者レベルから英語を学び、ご縁があって仕事を得、今も海外在住者を続けていると書かれていた。

 私も体調を崩し、一時的に派遣社員をしていた。読みながら、海外駐在員おじさんと似ても似つかぬ自分の経歴を重ねてしまった。
 今の私にはたまたま仕事があるが、逆に言えば、今からささやかな挑戦をしても遅くないと思えた。30歳から新しいことを始めても、どうにかなるのだ。
 ひとまずは、ティーンの私が憧れた33歳に向かって生きようと思う。

 海外駐在員おじさん、ありがとう。私はあなたのように毎日キャベツを食べる健康的なおじさんになりたいです。

 それと、30代後半はおじさんじゃないと思います。おにいさんです。

誉められもせず 苦にもされず
そういう者に私はなりたい

雨にも負けず/宮沢賢治

p.s. ↑成人してより沁みる賢治。

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