富士歩

好きに生きたい

富士歩

好きに生きたい

最近の記事

オーバーウォッチis依存性物質

最近オーバーウォッチ以外のゲームに手が着かない なぜここまでハマってしまうのか ほとんど中毒だ 少しでも空き時間があったら立ち上げてしまう 洗濯物が終わるまでOW 予定の時間までOW お湯が沸けるまでOW なぜこんなにもやめられないのだろうか 他にも興味のあるゲームはあったはずなのに全くやろうと思えなくなってしまった スト6、パルワールド、valorant、タルコフ、LOL、FF14などなど 入れたけどやってない 趣味だった読書も全くしなくなってしまった 散歩もしなくな

    • 777文字

      空はこんなにキレイなのに僕にはやることがない 真っ青に晴れた空が自堕落な僕を見下ろしている 平凡で引きこもりがちな僕をただ見下ろしている そこに無理やり感情を見出そうとする 馬鹿にしてる? 見守っている? 憐れんでいる? 呆れている? きっとどれでもない 空はただそこにあるだけ さて何かしたい 何をしよう やりたいことが見つからない 寝るか いやもったいない せっかくの一日をアクティブに過ごしたい そんな気持ちを嘲笑うかのように眠気が襲い来る はあ やりたいことは色

      • あー絵が描きたい

        あー絵が描きたい 下手くそだけど絵が描きたい 自分が求める理想を形にするために絵が描きたい 自分の性癖を満たす絵が描きたい 現実から少しだけ遠ざかるために絵が描きたい 物語を紡ぐ絵が描きたい 美麗なイラストが描きたい 写実的な絵が描きたい 少年の絵が描きたい 少女の絵が描きたい 青年の絵が描きたい 大人の女性の絵が描きたい 老人の絵が描きたい 犬の絵が描きたい 猫の絵が描きたい 魚の絵が描きたい 鳥の絵が描きたい 人の絵が描きたい かっこい

        • 鬱なんてなりたくなかった

          鬱になってから1年半の時が過ぎた。 その間に前職を辞め、現在就職活動中のニートだ。 まだ鬱が寛解したわけではないため、今は大きな責任を伴う仕事やとにかく上を目指しましょう!といった空気を避けたいので正社員ではなくアルバイトや派遣の仕事を探している。 将来性がないと言われればその通りと言わざるを得ないけれど、今は自分の精神の平穏を保ちたい。 そしてゆくゆくは正社員になって落ち着ければいい。 その後、将来のことを考えていきたい。 今はとてもじゃないけどまともにものを考えられない

        オーバーウォッチis依存性物質

          ダメ人間の成り立ち

          最近、マッスル北村氏やウメハラ氏の名言や著書に触れる機会があり、自分のなりふりを考え直している。 彼らは自分のやりたいことに真剣に取り組み結果を残している。 ストイックという言葉では足りないくらい努力をしている。 その生き様に、まんまと感化されてしまったわけだ。 自分は、本気を出して何かに取り組んだことがあまりなく、時々取り組もうとしては色々と理由をつけて途中で諦めてしまうことが多い。 その傾向は割と幼い頃からあり、よくないことに本気で何かをしている人間を冷めた目でバカにし

          ダメ人間の成り立ち

          自分のやりたいこと、好きなこと、夢。

          もう年齢もいい感じにとっている自分だが、今後の指針が欲しくて悩み続けている。 というのも理由は二つある。 昨年の夏頃にうつを発症し、普通の仕事がままならなくなってしまったからというのが一つ。 そしてもう一つは、祖母が留学するなら資金援助をするよと言ってくれたから。その話を聞いて、30歳までならワーキングホリデー(以下ワーホリ)ビザが取れるみたいだし海外にしばらく行ってみるかーとなったわけだ。 そこから、今後の指針を悩み始めたところへどうつながるの?と訊かれそうだが、それも

          自分のやりたいこと、好きなこと、夢。

          思考の渦

          何かを調べることは悪いことなのか。 よく分からないけれど、自分の思考を強化するうえでは問題のない行為のようにも思える。 思考というのは次の瞬間には頭の中から消え去ってしまうものだ。 だから、何か気になったらすぐにでも調べて思考と情報の関連付けを行うことはすごく重要なのではないかと感じているのだが。 いつでも誰かに話しができるような環境があればこんなことを考えなくてもいいのだろうがな。 孤独な人間にはそんなことは土台できやしないので。 だから常に何かをアウトプットする手段を

          思考の渦

          レクサプロ投与3日目

          うつの診断がくだり、抗うつ薬としてレクサプロ、睡眠薬としてデエビゴが処方された。 レクサプロの副作用なのか、飲み始めて3日が経った今日も吐き気・ふるえ・眠気・軽い頭痛といった症状に悩まされている。いきなり1錠飲み始めるのはダメなのではないか。調べてみたら初めのうちは半錠ずつ飲むように言われることもあるらしい。慣れるまで。 しかし、副作用の影響が強いおかげでうつっぽい思考には至らなくなった。 荒治療すぎる。 だから、良くなるのかどうか不安が募るばかり。

          レクサプロ投与3日目

          仕事なんて嫌いだ

          仕事という文字列を見ただけで虫唾が走るくらいに仕事が嫌いだ。 「しごと」という音から、「やらなきゃならないこと」みたいな響きを感じて、偉そうに指図するんじゃねえ!という気持ちになる。 だけど、偉そうに指図されたことに歯向かうための力が僕にはない。 せいぜいが友人に愚痴ったりSNSに吐き出すくらいのものだ。 大多数の人間がそうだろう。 やめたくてもやめられない。 今の仕事をやめて次の仕事をやろうにも、同じようにまた偉そうに指図されるだけであるし、そもそも次の仕事に就けるかな

          仕事なんて嫌いだ

          役所職員なんぞ退屈でしょうもないカスしかいない

          タイトル通りである。 悪い言葉で引きつけておいて、内容をよく読んだら実はいい話なんてしょっぱいものではない。 役所で働こうと考えるようなやつらはどいつもこいつも、つまらなくてしょうもないゴミカスなのである。 どうしてそんな人間が集まってしまうのか。 考えるのも嫌になるが、考えないと自分が自分でなくなるので頑張ることにした。 ①安定しているから そんな理由だけを志望理由に掲げて役所に努めようとする中身のないカスどもが多すぎるのだ。自分の身の回りにいた連中は十中八九こうだった

          役所職員なんぞ退屈でしょうもないカスしかいない

          梅雨やぞ

          ここのところ、何かに突き動かされ、焦らされているような感覚に陥っていたような気がする。 自分の性質を良く分かっているつもりだったのに、なぜか慌ててしまってよくないことをした。 楽しいことか、責任の求められることでないと頑張れない性格なのだから、無理をしてしまっては何もできなくなるのは必然である。 ああ、金になることが好きで好きでたまらない人間に生まれたら、どんなにイージーな人生だっただろうか。 テキトーに誰にも影響を受けず、だらだらと楽しく生きていくにはどうしたらいいだろ

          梅雨やぞ

          生きぬくための心構え(我流)

          頑張り過ぎは良くないと言う人が大勢いるのに頑張り過ぎて自殺する人が減らないのは、頑張らない方法がよく分からないという一つの要因があるからではないか。 周囲の目を気にして、努力して、苦しみに耐えることを美徳として教わってきた人が、今まで教えられていない力を抜く方法が分かるだろうか。 少なくとも自分は人から教わるまで分からなかった。 みんなが普通にやっていることができない自分を責めて落ち込んで、快楽に身を任せて気を紛らせて何となく暗い気分で生きてきた。 このまま酷い気分のま

          生きぬくための心構え(我流)

          設定が気になるサスペンスを途中まで

          「どうして人は死んだらいけないの?」 幼子は母に問う。 「周りの人たちが悲しむからよ」 母は答える。 「僕が死んだらママは悲しい?」 「ええ、そうね。とても大事な私の子だもの」 「そっか!大事だから悲しいんだね」 「そうよ」 「そっか!」 幼子は、二度頷いて満足そうに母の胸に飛び込んだ。 「僕もね、世界で一番大事なものがあるんだ」 「あら、何かしら」 「それはね~、、、」 幼子は小さな手をポケットに入れて、何かを取り出した。 「生きているという実感だよ!」 幼子が手を

          設定が気になるサスペンスを途中まで

          孵化

          生きているだけで他人に迷惑をかける社会のゴミどもは全て等しく死ね。 なぜ、資源を貪り食うだけの存在がのうのうと生きて、普通に生きている人々を苦しめるのか。 被害者ヅラをして、何でも思いのままに操ろうとする、そんな人間に価値はあるのか。 色々な局面で酷い目にあっては我慢してきたのを、今更になって爆発させて関係のない他者にぶつけていい道理がどこにある。 酷い出来事に耐えてきたのも、今尚良からぬ状況であるのも全て自分が選択してきた結果である。 それを認めることができず他者へ

          とてつもない駄文

          自分の心は傷だらけなのだろうか。 時折、自分の性格の汚さを自覚して酷く落ち込む。 誰でもいいから助けてくれ、そんな声が僕の頭の中を反響する。 声の出所は分からない。ただ降って湧いたように鳴り響くのだ。 誰かと一緒にいることが救いになるのだろうか。 共感し合うことで楽になれるのだろうか。 そんな、ないものねだりのような思考をグルグル巡らせては倦怠感に呑まれていく。 孤独が故に辛いのなら知り合いの一人でも作ればどうか、なんて知らない声が聞こえてくる。 納得して問う、「どうすれ

          とてつもない駄文

          POISON

          子どもの頃、嫌だな嫌いだなと思っていたことが大人になると気にならなくなっていることはままある。 昔は食べられなかった、苦味の強い・臭いが強い・心地よい食感でないような食べ物がある日呑みの席で食べたら意外といけたとか、キャラクターが強烈で理解不能だから出てくるとチャンネルを変えてしまっていたようなテレビタレントのインタビュー記事を読んだら共感できる部分が多くて人間味を感じたりとか。 経験を積んだことで嫌悪の対象だったもののタネが割れて、何だこんなもんかと気にならなくなることがま