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【小説】「天国のこえ」7章・薬を捨てなさい

 「うつ、なんてね、無いのよ」
 初老の女性占い師は、少しだけ私の方に身を乗り出して言った。
 「え…」
 突然言われた事に、私は戸惑う。
 「うつなんて、そんな病気無いのよ。気のせいなの。お薬なんて飲んじゃダメ」
 「うつは無い…んですか」
 そう問うと、彼女はこくりと力強く頷いた。
 「薬があなたをおかしくさせるのよ。今よりもっと酷い状態になるわ」
 「酷くなるんですか…」
 「そうよ!あのね、大事なのは先祖供養ね。きちんとしたら、守護霊様があなたを守ってくれるのよ」
 占い師は、目の前のノートパソコンに目を落とし、カタカタとなにやら入力し始めた。
 そして、再び私に目を向けて、キッパリと告げた。

「薬を捨てなさい」

 「さあさあどうぞ、力を抜いて座ってくださいな。一体何を占おうかしら?」
 薬を捨てろ、と言われる三十分前、初めての占いコーナーへ来た私は、ハッとした。
 (特別に何を占って欲しいか、考えてなかった…)
 おずおずと小さな折り畳み椅子に座った私は、暫く考えた。
 「ええと、この一年の運勢…とかみて欲しいです」
 こんなふんわりとした依頼でいいのだろうか。私はパーテーションに貼ってある料金表をチラリと見て、三十分五千円、の文字に、若干の後悔を覚えた。
 (興味本位で来ちゃったけど、結構高いな…)
 そんな私の心の声をよそに、占い師はにっこりと笑った。
 「運勢ね、わかりました。まずは、あなたの生年月日と、お名前を伺おうかしら」
 「あ、はい…生年月日は…」
 私が生年月日を答えると、占い師は目の前のノートパソコンに何やら打ち込み始めた。
 (…現代の占い師は…パソコンを使うのか…)
 私が勝手に想像していた占い師のイメージは、大きな水晶に手をかざしてるとか、タロットカードを広げるとかなのだが、目の前の占い師は、パソコンを用いてどう占うのか、私にはさっぱり分からなかった。
 「名前は、木村朝子です」
 「木村…アサコさんね。漢字を教えてもらえる?」
 「あ、はい。朝昼晩のアサに、子供のコです」
 「素敵なお名前ねえ」
 パソコンをカタカタと鳴らしながら、占い師は笑顔を向けた。「あ、ありがとうございます」と私は小さく答えた。

 「…そうねえ、全体的に、運気は上がっていくみたいね」
 パソコンに私の基本情報を入力し終えた彼女は、こう言った。
 「お仕事は今忙しい感じかしら?仕事運も良いみたい」
 「はい…新しい部署にきてから、一年なんですけど…毎日忙しいですが、充実しています」
 「充実しているのは良いことね!これからどんどんスキルアップできるわね。あなたは働き盛りだし」
 はは、と私は愛想笑いをした。
 正直、バリバリ仕事でスキルアップしたい!という野望はなかった。
 「健康運も問題ないわね」
 キッパリとそう言い放たれたので、ん?と一瞬引っかかる。
 「あ、健康運…問題ないんですか?…私いま病院に通ってて」
 「あら、病院?どこかお悪いのかしら?」
 占い師は、そうは見えないけれど、と呟く。
 「えーと、心療内科…に通っていて…うつ状態と診断されていて、今服薬治療しています」
 「心療内科!」
 占い師が目をまんまるくする。
 「まあ、そうなの!心療内科、そんな所にあなた通っているのね」
 そんな所、とは…、どう言う意味なのだろうと、内心若干の不快感を覚える。
 「しかも薬を飲んでるなんて…それはね、良くないのよ」
 初めて占い師が顔をしかめる。
 もう占い師はパソコン画面など見ていなかった。
 「うつ、なんてね、無いのよ」
 占い師の目は真剣だった。真剣に、病気も、心療内科も、薬も否定してきたのだった。

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