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【僕とKさんのエシカルな日常】スーパーで値切り品を買うのには、ふか〜い理由があった編

たとえば小さい頃、近所の大人びたお兄ちゃんに憧れたり、
音楽とかファッションに詳しい先輩に憧れたり、
男というのは、つねづね「物知りな年上の先輩」に
憧れを抱きやすい生き物だ。
それは社会人になってからも変わらないもので、
会社の先輩とか、ときには同僚とかでも
「あ、なんか、この人かっこいいな」と思う瞬間がある。

僕にとってそれは、Kさんだった。
Kさんは、社会人フットサルチームのメンバーで
僕より3つ年上の29歳。
爽やかな見た目の割には、ごりごりのサッカー経験者で、今流行りのワードを使えば、「ゴン攻め」するプレースタイル。

でも、僕がKさんに憧れたのは、サーカーが上手いからではない。はじめてKさんとフットサルをプレーしたときから、彼は「異世界」で生きている人間だと、すぐに分かった。

それは、ボールがサイドラインを割った瞬間のこと。周りのチームメイトは即座に「マイボー!」と叫んだ。
マイボーとか、マイボールの略である。これは、サッカー経験者なら口ぐせのようなものだ。
でもKさんは、「アワーズ!」と叫んだ。

アワーズ? なにそれ?
それが「Ours!」の意味だと分かるのは、もう少し後のことだ。

さらに僕がゴール前で、どフリーのシュートを外したとき、チームメイトが「ドンマイ!」と声をかけてくれた。でも、Kさんは僕の肩をポンと叩き「アンラッキー」とつぶやいた。

ハトが豆鉄砲をくらったような表情をしていた僕に、他のチームメイトが、Kさんを指さしながら、「ほら、あいつ海外生活が長いから」と説明してくれた。

えっ? そうなの? これは海外のサッカー用語なの?
というか、マイボーも、ドンマイも、和製英語だったのか?

僕は複雑な気持ちのまま、シュートミスを取り返すためにギアを入れて走り回り、前線から相手のボールを奪った。
「ナイスプレー!」とチームメイトの声が響くなか「ラブリー!」というKさんの声がした。

ああ、いいなぁ。
かっこいいじゃないか。ラブリー。
思わず脳内で、小沢健二の曲が流れた。

ゲーム後に、僕はKさんとじっくり話をした。
どうやらKさんは、学生時代にカリフォルニアに留学。ひとりでバックパックかついで、ヒッチハイクをしたり、なかなかアグレッシブな生き方をしている人だった。海外で仕事ができるという理由で、日本の大手商社に入社して、ニューヨークに1年半駐在したこともあるらしい。

Kさんの見た目はどちらかというと草食系で、身体も大きいわけではない。サッカー日本代表の長友選手を色白にして、ゴリラ要素を抜いた感じだ。(もはや長友ではない)でも、僕の知らない世界線を生きているKさんに、僕は出会った日から、「憧れ」のようなものを抱いていた。

そんなKさんに偶然、近所のスーパーで出くわした。日曜日の午後、夕飯の買い出しにいったら、鮮魚コーナーで、シラスのパックを物色しているKさんがいたのだ。

「あ、Kさんも買い物ですか? ご近所さんなんですね」と声をかけると、Kさんは僕を見て、爽やかに微笑んだ。
「こんなご時世だから外食もできないし、自炊しようと思って」
そうして、僕はKさんと一緒に店内を歩き始めた。

Kさんの買い物カゴには、半額のシールが貼られた
シラスのパックが入っている。僕はなんとなく、スマートなイメージのあるKさんが値引き品を手にしていることが意外だった。

そして豆腐のコーナーでも、Kさんはパッケージを吟味。納豆、卵、牛乳でも、すべて何かを確認している。

「Kさん、なにを見ているんですか」
「ああ、賞味期限だよ」とKさんはヨーグルトのパックを手に取った。

なるほど。一人暮らしをしているとついつい生鮮食品を買いすぎて、賞味期限を切らしてしまうことがある。だから、できるだけ賞味期限の長いものを選んで買っているのだろう。

僕はレジに並ぶKさんのカゴを見ながら言った。
「ちゃんと賞味期限が長いものを選んでいるんですね」
そんな発言に、Kさんは少し不思議そうな顔をする。
「いや、逆だよ」
うん? 逆?
「賞味期限が切れそうなのを選んでいるんだ」

え? なぜそんなことを・・・
そんな心の声が表情に出ていたのだろう。
Kさんは、クスッと笑ってから説明してくれた。

「賞味期限が切れちゃったら、この商品は捨てられてしまうからね。小さなことなんだけど、フードロスを少しでもなくしたいから、賞味期限の短いものから買うようにしているんだ」

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ああ、そうだったのか。
僕は恥ずかしさのあまり、うつむいた。
Kさんは、安いから値切り品のシラスを買ったわけではない。あえて、賞味期限が切れそうなものを選んでいたんだ。うつむいた先にある僕のカゴの中には、わざわざ陳列棚の奥から探してきた
賞味期限の長〜いソーセージがあった。

これじゃダメだ。次からはKさんを見習ってみよう。
「レジ袋はどうされますか?」
店員さんの呼びかけにも当然、Kさんは「大丈夫です」と答えた。僕はKさんの後ろから、少し罪悪感を抱きながらレジに自分の商品カゴを載せた。

支払いが終わり、商品を詰めるコーナーに行くとKさんがカゴを見つめながら立ち尽くしていた。
「どうしたんですか、Kさん?」
「あぁ、エコバック忘れちゃった・・・」

そうだ、Kさんは忘れ物が多い人だった。
よく、フットサルコートにも忘れ物をして、スマホやらスパイクやら置いて帰ってしまったことがある。

「レジ袋、もらいます?」
「いや、大丈夫じゃないかな」

ここで僕は前々からKさんに抱いていた違和感を再認識することになった。

Kさんは広い世界を旅していて、エリート社会人で、完璧そうに見えるけど、実は、ド天然な人だった。
フットサルコートにスマホを忘れたとき、それを拾って家まで持ってきてくれたチームメイトに
「電話してくれれば、取りに行ったのに」
と言ってしまうほど、天然な人なのだ。

Kさんは、シラスと納豆と豆腐と卵と牛乳とヨーグルトを両手いっぱいに抱えながら颯爽と店を出た。まるで大胆な物盗りのように。

「それじゃ、またね」とKさんは西日のさす夕暮れどきの商店街を歩いて行った。「廃棄」という運命にあったかもしれない賞味期限の短い食品たちを抱えながら。

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茜色にそまる商店街で、生鮮食品を抱えて歩くKさん。その姿を通り過ぎる人たちが驚いたように見ている。でも僕には、Kさんが迷子になった子猫たちを抱えているようにも見えた。そう、Kさんはあの食品たちの命を救ったのだ。

あの人には、新しい世界を教えてくれる、何かがある。やっぱり気になるぞ、Kさん。

そうして、僕のKさん観察日記が始まった。

つづく

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