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旅人からのギフト

誰もいない、無人の駅を訪れたことは、ありますか。それも、地平線の向こうまでどこまでも線路が伸びていて、風だけがあたりに吹いているような、そんな駅です。

北海道の中央、富良野にある「幾虎駅」は、そんな無人駅のひとつ。すでにこの春に廃線して列車も来ず、当然、駅員も乗客もいません。すでに駅として乗客を送り届ける役目を終えた駅ではあります。けれど、この駅には、いまも全国から毎日、人々がひっきりなしに訪れています(もう電車はないので、車で、ですが)。


「鉄道員」ポスター


その理由は、ひとつ。この駅は、とある映画のロケ地なのです。その名も、「鉄道員(ぽっぽや)」。有名な映画なので、名前を聞いたことがある方も多いかもしれません。浅田次郎の直木賞受賞作を原作として高倉健主演で実写化、1999年に公開されました。25年も前のことです。映画では、北海道の北の果ての終着駅に、数十年立ち続けた鉄道員の人生を描いています。晴れの日も、雪の日も。幼い娘や妻を亡くした日も、たった一人で駅を守って、愚直に不器用に生きた男の物語は、いまなお、見る者の心を震わせてくれます。

さて、そんな映画のロケ地として使用された、このJR根室本線の「幾寅駅」(映画の中では「幌舞駅」)。駅舎内外には撮影時のセットも展示されていて、鉄道ファンや旅行者が訪れる観光名所としても知られています。駅舎内には映画の展示があり、駅舎の周りには撮影に使われた建物やディーゼルカーがあります。


今ものこるディーゼルカー

しかし、2016年8月31日の台風10号洪水被害以降列車が走らず、バス代行区間となっていましたが、とうとう2024年3月末をもって廃線となりました。映画「鉄道員」の中でも、このローカル線の駅は廃線になってしまうのですが、ロケが行われた本物の駅も、小説・映画と同様の運命をたどる事になってしまいました。

廃線は決まったものの、いまだに駅周辺には「ロケ地」の看板が残り、写真を撮り、たちすくんで展示を見る人たちがいます。そして、訪れた人の感想を記す訪問日誌には、今日も誰かが、この地に来た想いを綴っています。そこには、この地に来た喜びで溢れています。


映画で使用された名称「幌舞駅」の表示がある

「ずっとずっと来たいと思っていました」「この映画に、勇気をもらいました」「父の代理で来ました、家にいる父が喜んでいました」
「JR北海道に就職することになりました。安全で快適な鉄道運行につとめます」
「いつまでも!」「いつまでもこのままで!」

無人駅は日本中にありますが、こんな風に愛された駅はなかなかないのではないでしょうか。旅人たちがこの場所を愛することで、他にはない場所、価値がある場所になっていると感じさせてくれます。

旅をしていると、素晴らしい景色や料理に感動させていただくことはあっても、なかなか旅人サイドからなにかその土地に対して贈り物をするということはできないことが多いかもしれません。それでも、私はこの風景を見たときに思ったのです。旅人がその土地に贈れるギフト、それはその場所を他の場所とは異なる「特別なもの」たらしめること、そして、その記憶をリレーしていくことで、未来においても「特別なもの」であるようにすることなのかもしれない。

すでに廃線が決定し、映画化してから25年前と四半期が経ちました。この駅に電車が来ることはもう二度とありません。けれども、今でもここには人が集い、綿々と旅人たちが日誌に想いを書き続けています。そんな旅人たちによって、この駅はこの北の大地にしっかりと息づいている。旅人の想いが、この駅を未来へと運んでいくのです。

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