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2004年のギリシャとメタゲーム

はじめに スポーツとは…

スポーツとは何か?何がスポーツをスポーツたらしめる要素なのか?
おそらくこの問いに対する回答は、日本人と欧米諸国の人でかなり違ってくると思います。
日本人は今でも「身体を動かすこと」をスポーツと見なしている人が多い印象があります。実際日本におけるスポーツ基本法では、スポーツを「心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵(かん)養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動」と定義しています。雑な言い方をすればスポーツ=体育という価値観です。

しかしスポーツ(sport)という言葉の語源を遡ってみると、その意味合いは少し異なります。元々ラテン語の「あるところから別の場所に運ぶ・移す・転換する・追放する」という意味のdeportareが由来であり、それが転じて気晴らし、余暇、遊びといった意味になっていきます。実際に天下のOxford English Dictionaryでsportを引いてみるとまず最初に「Senses relating to play, pleasure, or entertainment」と出てきます。スポーツという言葉の第一義には遊び、余暇、エンターテイメントがあるということです。その中でも今日使われている意味に最も近いのは「An activity involving physical exertion and skill, esp. (particularly in modern use) one regulated by set rules or customs in which an individual or team competes against another or others.」でしょうか。要するに決められたルールで個人またはチームで対戦する、競う活動というのがスポーツ本来の意味です。勿論ここにも"physical exertion and skill"と書いてあるので身体的な活動がスポーツの要素の1つであることには変わりないのですが、ビデオゲームやボードゲームがe"スポーツ"であると見なされることを考慮すると身体性はあくまで二次的な要素と言っていいでしょう。

話が長くなってきました。本稿はそんなeスポーツにおいてよく使われる言葉である「メタ」についてのお話です。メタというのは元々は「高次元の、超越した」といった意味を表す接頭辞なのですが、これが転じてeスポーツの世界では「ゲーム内の流行、環境」のことを指します。そしてメタゲームとは「盤上で行われるゲーム(=試合)より高い次元にあるゲーム」を意味します。以下引用になります。

カードゲームにおいて『メタ』とはデッキ1,2があり、1が2に相性がいい場合に1は2のメタである、というような使い方をすることもあります。このメタが増えてくると相手のデッキに対してどのようなカードを入れるかなど、対戦前に戦略的な駆け引きが起こるようになり、これを『メタゲーム』といいます。

相性の研究が進むほどメタゲームは数個の強いデッキで作られていき、デッキ1は2に強く、デッキ2は3に強く、デッキ3は1に強いという三すくみのような状態が起こることをメタが回るという言い方が使われます。実際、プロの試合でもメタゲームは頻繁に起きており、普段入らないようなカードが入っているということが多く、それがプロの試合を見るうえでの見どころの一つです。

「【保存版】eスポーツ用語『メタ』『メタゲーム』
『メタ外』とはどんな意味?」
より一部抜粋

このようなメタゲームがeスポーツの専売特許なのか?と言われると勿論NOです。同じスポーツであり、同じルールの下でチーム同士が得点を競い合うサッカーにもメタ、メタゲームは存在します。
どのリーグ、コンペティションでもサッカーを4〜5年ほど追えばなんとなく「あー今はこういうのが流行ってるんだな」「こういうチームは対策されるようになったからあんまり勝てなくなってるな」というのが分かってくるのではないでしょうか。
そしてこのメタゲームを制し、史上最大級のジャイアントキリングを起こしたチームがEURO2004におけるギリシャです。

2004年のギリシャ

時代背景

まず当時の状況、時代背景を軽くおさらいしておきましょう。
中の人は華の98年組なので当時のことはほぼ覚えておらず、ネットや本の知識がベースであることはご了承ください。
80年代末から90年代初頭にかけて一世を風靡したのがアリゴ・サッキが考案した4-4-2のゾーンディフェンスです。この守備方法は、ボールホルダーに1人がプレスをかけに行くと他の9人も魚群のように連動して相手選手を囲み、ボールを奪い取るというもの。この戦術が画期的だったのは相手を見るのではなく味方を見てポジションを取るということ、そしてたとえポジションが入れ替わっても陣形を維持さえすれば何の問題もないということです。
サッキ・ミランの登場以降、他のチームもこぞってミランのゾーン守備を模倣しました。その中でDFラインだけマンツーマンで他はゾーンで守る3-5-2や3-4-3を採用するチームや、2トップの一角を中盤に下げる4-2-3-1を採用するチームも現れましたが基本的にはどのチームも守備に関しては4-4-2ゾーンがベースになっていると言って差し支えないと思います。
サッキ・ミランの登場から10年も経つと、どのチームもゾーン守備を標準装備するようになります。EURO2000決勝のイタリア対フランスを見てみるとお互いにかなり練度の高いゾーン守備をしているのが分かるのではないでしょうか。

そんな中、当時のギリシャは時代に逆行するようにマンツーマンを採用しました。

ギリシャの古典的マンツーマン

2004年のギリシャの守備戦術はCBのデラスが最終ラインでリベロとして振る舞い、他の9人はそれぞれ担当する相手選手をマンマークするというかなりクラシカルなもの。まずはEURO2004決勝のポルトガル戦を見てみましょう。

ギリシャの守備 vsポルトガル

どうでしょう、ポルトガルの選手達はかなりやりづらそうに見えませんか?(気のせい?)世界トップクラスのWGであるフィーゴ、ロナウドのドリブル突破も鳴りを潜めているように見受けられました。普段とは違う守り方をされるとこのレベルの選手達でも戸惑うということですね。
とはいえ、個人的に少し気になったことがあります。「これ相手が違うフォーメーションだったらどうなの?」と。ポルトガルは4-2-3-1なので4-3-3のギリシャとがっぷり四つ状態になりましたが、当然4-2-3-1以外のフォーメーションを採用しているチームと対戦することもあります。準決勝で当たったチェコもそのうちの1チームで、当時のチェコは2列目のネドヴェド、ロシツキー、ポボルスキーを中心とした4-1-3-2でした。これはYouTubeに動画が上がっていたのでそちらをご覧ください。

ギリシャの守備 vsチェコ

これを見ると、ギリシャの選手達がかなり忠実にマンマークを遂行しているのが分かります。コレルの周りを衛星的に動くST的な役割のバロシュに右SBのセイタリディスがついていっていますし、左SHのネドヴェドも中央、サイド両方顔を出す自由なポジショニングでしたがこれにもアンカーのカツラニスがどこまでもついていっています。よくマンツーマンディフェンスは「トイレまでついていく」なんて言われますが、ギリシャの選手達は本当にやりかねない雰囲気です笑

また、ギリシャが完全に旧時代の代物だったか?と言われると案外そうでもないと個人的に思いました。例えばネガトラ時には担当しているマークを無視してボールホルダーを囲みに行くゲーゲンプレスが見られたり、自陣深い位置まで攻め込まれるとゾーンに切り替えるという柔軟な対応も見せていました。

ギリシャのゲーゲンプレス
ゾーンで守っているシーン

他の事例 2014年のオランダ

ちなみにギリシャだけでなく、2014年のオランダもトレンドとは真逆の、所謂メタ外であるマンツーマンを採用することでブラジルW杯3位という結果を残しました。当時のオランダは4-3-3をベースに戦っていましたが、本大会直前にチームの要であるストロートマンとファンデルファールトを怪我で欠くという緊急事態に。ファンハールは4-3-3を諦め、5-3-2で戦うという決断を下しました。
オランダのマンツーマンはギリシャのようにフィールドプレーヤー全員で行なうものではなく、DFライン+2ボランチ(たまにスナイデルも)の7〜8人のみという限定的な運用でした。これも実際に試合(GSのスペイン戦)を見てもらうとよく分かると思います。

オランダの迎撃型5バック

スペインはバルサのようにエントレリネアス(ライン間)を使う動きを得意とし、多用していましたがこれはあくまで相手がゾーンで守っているのが前提です。マンツーで守れば間もクソもありませんからね。実際ライン間でちょこまかするのが大好きなイニエスタ、シルバは屈強なデフライ、マルティンス・インディーにマンマークされてかなりやりづらそうでした。

スペインのMF達にマンマークで対応するオランダDF

このときのオランダは、スペインに対してメタで上回ることで勝利を収めたと言えるでしょう。しかし、準決勝で対戦したアルゼンチンにはPK戦の末負けてしまいます(カタールW杯も似たような結末でしたね)。
主な原因はアルゼンチンがスペインほど間で受けるのが好きな選手がいなかったから、オランダがカウンター特化すぎてボールを持つ展開になると攻撃パターンがなくなるから、コスタリカ戦のようにPK専用キーパーのクルルを投入しなかったから、の3つが挙げられます。オランダのやり方は対スペインに特化しすぎていたのかもしれません。

おわりに メタゲーム、してますか?

eスポーツ的には、2004年のギリシャのサッカーは完全にメタ外だったと言えます。しかし、だからこそ対戦国の意表を突き、名だたる強豪国を倒して優勝にまで辿り着けたのだと思います。
余談ですが、当時のギリシャ代表監督を務めていたオットー・レーハーゲルはマンツーマンが主流だったブンデスリーガにおいてゾーンディフェンスを導入した人物でもあります。ブレーメン時代、戦術理解度が高くゾーンにもすんなり適応できた奥寺が重宝されたというエピソードもあります。

マンツーが流行っていたらゾーン、ゾーンが流行っていたらマンツーという清々しいほどの逆張りは、レーハーゲルがサッカーをメタゲームとして捉えていたからこそできた芸当なのかもしれません。
前の記事で解説したポジショナルプレーに対するマンマークプレス、マンマークプレスに対する…という流れもメタゲームの一種だと思います。
現在のサッカー界のメタは何でメタ外は何か、そしてそれがどのように影響を及ぼしているのかなど考えながらサッカーの試合を見るのも面白いかもしれませんね。

参考文献

「はじめに」のところで使った記事たちです。本論から逸れる内容ではありますが、今一度「スポーツとは何か?」と考えてみるのもいいかも。


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