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【掌編小説】遺りもの

 祖母ミチコの通夜の賑わいが、生前の祖母の性格を表していた。
 小さな集落である。村の人間のほとんどが参列してくれたが、涙声よりもずっと笑い声の方が多く、夜分まで、祖母の横で村祭りのような通夜が続けられた。
 祖母は誰にでも、優しい、というよりかは甘かった。何事も自分の意見を通すことはなく、人に譲り、残ったもので生活を形成していた。
 その残りものを集めに集めて、末期までは薄利多売をそのまま形にしたような古着屋をやっていた。
 もっと早くに商売を始めてくれてればよかったのに、とはよく母シオリ、つまり祖母の娘がこぼす愚痴だ。

 参列者が落ち着いた頃には、22時を回っていた。
 月明かりで明るく雲がかった闇を眺めながら縁側に腰を下ろす。祖母とよく、隣の農家から「売り物にならないから」ともらったおばけきゅうりの浅漬をポリポリ食べて涼んだ縁側だ。
「残った服の山、アンタ着る?」
 母がため息まじりに言いながら、私の隣に座った。
「いいのがあればね。でも、東京で着てたら笑われそうなものばかりだからなぁ」
 そう言う私を尻目に、母は煙草に火をつけ、ひと口分の煙で、月を空に泳がせた。
「東京は新しいのね、羨ましいよ」
 背後は祖母の寝床になっており、大量の古着が無造作に投げられてある。母はそれを一瞥した。
 母は、祖母を憎んでいた、らしい。
 親戚からのお下がりや、バザーやセールの残りカスのような服を、祖母に着させられてたという。そのため、世代一周前のトレンドを身に纏うことがほとんどで、私服で通う小学校はいじめられたそうだ。中学に上がり、一律の制服になって救われた……と思ったのも束の間、筆箱などの小物も男の親戚のお下がりで、またからかわれた。
 それだけではない。旦那、つまり私の父とは見合い結婚だったそうだが、気立てはいいが体型と特徴的な顔の造形から「ラグビーボール」と呼ばれていたような男で、村の見合いでの残り物だったらしい。
 しかし、村で結婚してなかったのは母と父だけだった。狭いコミュニティでの視線の方がずっと冷たく刺さる。
 母は残り男を押し付けられたのだという。
 
 母は、祖母に窮屈を強いられてきたことから、私には「新しいもの」を何でも買ってくれた。服も、文房具も、ゲームも、最新のもの。おかげでトレンドには自ずと敏感になり、村から200キロ離れた都内でアパレル店を経営してる。
 ただ……母がいま祖母をどう思っているかはわからない。
 母の着ていた、祖母から与えられてきた服の全ては、いま希少価値によりどんどん買取価格が上がっているプレミア品だった。私が店のツテで見てもらったところ、鑑定士も驚いていた。
 残り物には福がある、なんて言葉では片付けられない。祖母は、凄まじい先見の明や眼識を持っていたのではないだろうか。祖母に充てがわれた父も、今は一企業の社長だ。何も金銭的に不自由はしたことがない。

「ねえ」母が夜を見たまま聞いた。
「私って、ばあちゃんに愛されてたと思う?」
 母が、母ではなく、祖母の娘のシオリとして聞いてきたように思えた。
 祖母が母の財産として、伸びしろのある古着屋を渡していた、それがいま莫大な宝として手元にあるとはいえ、小中学で窮屈な想いを強いられていたのも事実だ。
 私には、祖母の愛なんてわからない。私が受けていたかどうかも。
 私が祖母の娘ならわかったのだろうか。
 だってーー。
「わからない。けど、私はお母さんから愛してもらってると思ってるよ」
 甘やかし過ぎかもだけど、追う言葉を呑んで母を見た。
 母は、「そ」と一言だけ縁側の下に投げて、煙を行方を追った。

遺言

私、ミチコの財産は全てシオリの所有とする。



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【罪状】器物損壊罪

シオリが商品である古着に煙草の臭いを移したため。


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