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ドサクサ日記 11/6-12 2023

6日。
理由はどうあれ立派な街路樹が根本からばっさり切られていると、なんとも言えない気持ちになる。それが街にとって合理的であったとしても、このように切り倒すことができる決断力というか思考や行動の勢いが、やおら自分たちを切り捨て、排除する可能性を考えずにはいられない。切っていい、切ってはいけない、その判断の境界線。切られた理由を、ほとんどの人は知らない。木は私有物ではないのに。

7日。
エルメート・パスコアールの公演のF.A.にブレイク・ミルズが出るということで美園ユニバースへ。禁ラーメンをしていたが、時間がないのと適当な店が見つからないということで、金龍ラーメンに寄る。キムチとかニラを足してこそ、みたいな味で、妙に凝ってないのが逆に良い。けれど、人生最後の金龍だったと思う。ライブは頗る良かった。終演後はなぜかブレイク・ミルズと酒を飲んだ。人生の不思議。

8日。
銀杏並木でうっかり屁をこくと、とても心配な気持ちになる。やってしまったのか、否か。この匂いの主が自分の尻だったらどうしようと思う。「最初に食べたやつ凄いシリーズ」という言い回しがあるが、蟹や昆虫やピータンや納豆よりも、銀杏の実こそが最強の凄いシリーズな気がする。果肉を捨て、種を割って仁を焼いたり茹でたりして食う、というところまで辿り着いたのが凄い。正直に臭い。

9日。
ラジオ収録とボイストレーニングのために東京へ。久しぶりに坂本美雨さんに会った。短い時間ではあったけれど、いろいろな話をして少し心が緩む。2023年はもう少しで終わろうとしているけれど、なんだか実感がない。年を重ねるほどに、時間が過ぎていくスピードが上がっているように感じるけれど、今年はとても長い。素晴らしい瞬間もたくさんあったが、霧のような悪夢に包まれている感覚もある。

10日。
寒気とともに読書の秋が到来して、ムームーと唸りながらいろいろな本を読んでいる。大澤真幸さんの『戦後思想の到達点』はとりわけて良かった。哲学や社会学といった学問を精密に理解することは難しいが、こうした優れた翻訳によって、生活のなかに学問を落とし込むことができる。社会を実現するのは、その一員である私たちなのだから、こういう仕事は有り難い。いろいろな本を追加で買った。

11日
スーパーで親子向けの催し物がある場合、多くの親たちが無造作に我が子のムービーや写真を撮影している。通りすがりでも、その背景になっている場合はとても緊張する。自分にピントを合わせているわけではないことは重々承知しているが、それがSNSなどで世に投稿されて、映り込んだ俺を認識する人があるかもしれない。「秋刀魚を一尾だけ買っているwww」みたいな私事を、悪意もなく、むしろそれぞれの人生を謳歌するようなポジティブな向きで晒し合っている可能性について考える。そのほとんどは人生の記録として、撮影したときの熱狂は徐々に冷めていく。大切な数枚が引き上げられたあと、やがてパスワードも分からなくなって、ネットのなかで宙吊りになる。個々のアルバムのなかの話だったら良かった。それが全世界的に機会としてはシェアされている怖さというか、居心地悪さを思う。

12日。
キウイが食べたいなと思って食品店に行ったが、一玉も売っていなかった。キウイはもう入荷しないのかと尋ねると「キウイの季節は終わりました」とのことで、妙に納得してしまった。別のスーパーではキウイが普通に売られていた。この手のフルーツに季節感を求めてこなかったが、植物なのだから旬があって然るべきで、年中食べられることを当たり前だと思ってはいけないのだなと、少し反省した。