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感情と気持ちを言語化してみた

先日打ち合わせでつい楽しくなってしまい、人を紹介するはずがしゃべりすぎて大変落ち込むということがあった。そこで反省してどうしたらそうならないかを考えることにした。

しゃべりすぎてしまうのは楽しい時だけではなく、悲しい、嬉しい、怒っている時もだ。つまり「感情」が大きな要因であることがわかった。

そこから単純にしゃべりすぎない解決策へ進めばいいのに「まず感情とは何かわからないとあかん」と思ってしまった。もう、沼である。気がつけば10時間もノートに仮説を書き続けることになった。

その甲斐もあって自分なりの「感情の正体」を見つけることができた。辞書に載っていなくても自分がどういう意味でその言葉を使っているのか理解しているのが大事だと思っている。

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「感情」とは知覚したものが価値観のフィルターを通った時に無意識下で生まれる属性のある思い入れである。

難しい表現になってしまったのでもう少し簡単に言えるように頑張ってみよう。

見たり、聞いたり、やったりした時、自分でも気づかないところで感じている大事な思い。

少しわかりやすくなっただろうか。


まず「情」とは何かというところからはじめていく。「もう愛していないけど情があるから別れられない」というような話がよくあるので、そこから考えてみることにした。

情=愛情-愛

という式を作ってみると、「情」にひっついている何らかが「情」の属性を決めているのだということが分かる。「愛」情、「友」情、「非」情、という感じに。

つまり「情」はそれを心に深く繋げている何かということになる。僕はそれを「思い入れ」だと思った。思い入れの意味は「自分の思いをそこにそそぎ込むこと」だ。

愛という属性の思いを相手(自分、物)に注ぎ込むこと。それを愛情と呼ぶとしっくりくる。そこから愛が抜け落ちることはもう愛していないけど、思いを注ぎ込んできた今までが残っている。嫌いになったわけじゃないから思い入れだけはある。という状態ではないだろうか。

つまり「感情」とは属性のある思い入れなのである。

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では属性を決める要因は何だろうか。それは「価値観」だと思う。

価値観とは、何に価値があると認めるかに関する考え方。 価値(善・悪、好ましいこと・好ましくないこと、といった価値)を判断するときの根底となる ものの見方。 ものごとを評価・判断するときに基準とする、何にどういう価値がある(何には価値がない)、という判断。

と辞書には書いてある。

例えば「人に迷惑をかけてはいけません」という価値観の国で育った人と、「迷惑はかけるものだから許しなさい」という価値観の国で育った人では、同じ迷惑に触れても出てくる感情は違う。

ここまでをまとめると

【物事】→【感覚】→【知覚】→【価値観のフィルター】→【感情】

ということになる。

ちなみに知覚というのは、

例えば熱い物に触れた時、皮膚が物理的な刺激(熱)に基づく感覚情報を受け取り、それに対して「熱い」という意味づけを行うまでの過程。

という意味合いがある。

【熱いもの】→【感じる】→【熱いという意味づけ】→【価値観のフィルター(思い入れ)】→【嫌だ/気持ちいい/不快etc】

例に当てはめればこういう感じだ。そしてここまでは無意識下で感じている。

僕はこれが感情の正体だと考えた。

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そしてこの先にあるのが「反応」だ。

反応とはある働きかけに応じて起こる変化や動き。

しゃべりすぎたあの日の失敗を乗り越えるには、この反応が重要なポイントだったのである。

なぜならば反応までは無意識に起こる。感情に反応しないということは不可能に近い。だけどその次にある「行動」の手前にはギリギリ「意識」を挟み込むことができる。

【感情】→【反応】無意識/意識【行動】

しかし何も考えていなければ行動までが無意識の中に入ってしまう。

【感情】→【反応】→【行動】無意識/意識

ここで行動まで行ってしまうと大体後悔してしまうのだ。


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僕は頭でも意識できている感情「気持ち」と定義したい。

なぜなら感情で行動して後悔するのは頭で結果を理解した時だからだ。僕らは意識できた後の感情、つまり「気持ち」で最終的に幸せかどうかが決まる。

それは人間が社会性の強い生き物だからだと思う。人間の社会は動物の本能に逆らっている部分がいくつもある。オスは子孫繁栄のために生殖をたくさん行えるように本能ができているのに、日本では二人以上と付き合うと浮気と言われ糾弾される。

ちなみに僕はビビリなので浮気ができない動物的には情けないオスである。

人間の社会性というのは多分頭の中にある。そして人間の幸せは社会の中にある。感情というのは動物的で、気持ちというのは社会的なものだとしたら、気持ちで行動することが最終的な幸せに繋がる確率が高いのだと思う。

【感情】→【反応】無意識/意識 【気持ち】→【行動】


「あ、いま楽しいという感情に反応して目的を忘れてしゃべろうとしている!」と意識することで「いまは打ち合わせに必要なことが本当にしゃべりたいことだ」という気持ちにたどり着けていたら、あの日落ち込むことはなかったのだろう。


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感情:知覚したものが価値観のフィルターを通った時に無意識下で生まれる属性のある思い入れ

気持ち:頭でも意識できている感情

この2つから感情に反応して行動しないこと。気持ちに嘘をつかないこと。そして価値観を常に育て続けることが大事だと思った。

価値観が育っていないといくら気持ちにたどり着けても素敵な答えにはたどり着けないと思うからだ。


そんなことを半日かけて考えていた。ツイートで「子どもに話すなら」なんて言ったけど結局難しい内容になってしまった。だけど誰かの役に立ってくれていたらいいなと思う。

僕自身が感情に反応して行動しまくってきた人間だからだ。恥ずかしくなることばっかりだ。

気持ちというのは感情を否定しては見つけることができない。感情を大切に本当はどうしたいのかを丁寧に考えていけたらいいなと思う。


ここから先は「日記」や「話の元になった本やできごと」などちょっとしたおまけを書いています。

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