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他人の幸せ自慢を聞くとき

他人の幸せ自慢を聞くときに「もういいって」と思うことが多い。
あれ?逆に「それでそれで?」と聞きたくなる時もあるぞ。

トミムラコタさんの幸せを自慢するザウルスを見て
ふと、そんなことを思った。

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「もういいって」と思うときは
話している人から「こんなに幸せそうな"自分"を見て!!」
という承認欲求を強く感じるときだ。


「他人の目から見た幸せな自分」
という演出に冷めてしまうのだ。


そんなことを繰り返していると
外見は映えても中身がどんどんボロになっていく。



そうするとさらに外見をカラフルにしようとして
心のためのパレットから絵の具を奪ってしまう。


それは無意識にやっていたとしても。

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「それでそれで?」と聞きたくなるのは
ただ純粋に幸せな気持ちが感じられるからだ。


「この気持ち誰かに聞いてほしいなあ。」

そんな不純物のない幸せ自慢は
聞いていてこっちまで幸せになる。


まるで虹みたいにカラフルな絵に
次はどんな色が足されるか楽しみになっていく。


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幸せを呼ぶのは「純粋な幸せ」と
「幸せになろうとする気持ち」


満たされないことをごまかすのは
幸せになろうとする気持ちと似ているけど違う。


自分という絵の上に
きれいに色をつけたフィルターを乗せただけで
元々の絵は時間がたてばたつほどただ黄ばんでいく。
そしてフィルターは大概 黄ばんだ部分を透かしてしまう。


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幸せ自慢するザウルスをみて幸せな気持ちになれたのは
ラーメン食べて TSUTAYAいって 漫画買って お菓子買って ゲームして
うれしいなー!いいでしょ!という純粋な幸せを感じたからだったのだ。


そして言葉や作品を見たときに感じることは自分の心の現し身。


きっと今の僕自身が幸せを感じながら暮らせているのだと思う。
フィルターを乗せている人には嫌な自慢に感じるのかもしれない。


相手と自分、双方の心が充実しているときだけ
自慢話というのは聞いていて幸せな気持ちになれる。


そして純粋な幸せというのは相手まで幸せにする力がある。
もしも心からの自慢話を聞いて少しでも幸せな気持ちになったり
羨ましいな、こう生きたいなと思うことがあるなら
あなたがフィルターなんて捨てて心をカラフルにしたいと思っている証拠なのだ。


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最後に自慢していいですか。
(返事聞く前にするんですけど。)



この前


星型のピノ入ってたんですよ。
別に何があるわけでもないけどちょっと嬉しかったです。



幸せな自慢話を増やしていこう:-)


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