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365日目の「あのね」

私は人に話題を振るときに「あのね」を多少しているような気がする。同様に「ねぇねぇ」も多いかもしれないが、ねぇねぇはずいぶんと馴れ馴れしいので使う人や場面が限られる。あのねであれば、「あのね、コレ、どういうことです?」みたいに、馴れ馴れしすぎず、しかし会話の導入としては気をひきやすく、クッションになるような言葉だと感じる。

今日、このnoteは連続投稿365日目となる。達成感はもちろんあるし、何かを1年間続けられた自分を誇りに思うが、これに関して特別な思いを持って書くことはない。
そこで、私の小さな最近の「あのね」の話を読んでもらいたい。

あのね…

先日ファンミーティング、略してファンミに行くという話はこちらで書いたかと思う。
私はイベントや観劇はいつも「ぼっち参戦」だ。現地で知り合いに会うことはあっても、誰かと一緒に行くということはなかなか難しい。それで寂しいと思ったことも、惨めに思ったこともあない。
今回のファンミもチケット1枚分で参加した。

ファンミに行くという話を、SNSに明確に表現した記憶はない。行きたくても行けない人のことを考えると、あまり大きな”声”で行くとは書かないのが主義ではあるが、今回はなんとなくそれらしいことを投稿したと思う。
そしてファンミの数日前から、ファンミ行く?いつ?どの回?会えるといいな…等々何人かの方からお声がけいただいた。当日も何人もの方から「ちえみさ~~ん!」と声をかけていただいた。
そんなことは当たり前かもしれないが、私にとっては当たり前ではないのだ。

これまでの間、私は友達になった人と疎遠になることが多く、中には傷つけ傷つけられて壊れてしまった関係もあり、それはおそらく私に何か問題がある。何もかも障害のせいではないかもしれないが、生育環境から生活実態、それらが及ぼす性格が人間関係に影響していることは間違いなく、またそのために人とちょうど良い距離感を保つことがうまく出来ないでいる。おまけにチームやグループ活動が苦手な一匹狼タイプで、主張が強く、敵も多いかもしれない。
だから、人から慕われたり、頼りにされたり、障害とは別のところで私に関わってくれることが嬉しく、また不思議な気分にさせてくれるのだ。

私には心の奥の本当のことを話せる人は今のところいない。
でももしかしたら、いなくてもいいのかもしれない。何かの折に「ちえみさ~~ん!」と声をかけてくれ、何より大切に扱ってくれる人たちがいるということは、とても幸せなことだ。


365日、いろいろな想いをしてきた。これからもそうだろう。しかし、どこかで気にかけてくれる人がいる、それだけで私は次の365日をパワフルに生きていけるような気がしている。

あのね、いつもnoteを読んでくれたり、声をかけてくれたり、私を大切にしてくれる皆さん、本当にありがとう。
これからの365日も、どうぞよろしくお願いします。

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