見出し画像

あゝ圧縮紀

圧縮袋に夏用の布団を詰め込んで、掃除機でずぞぞぞぞぞぞと吸う。
どんどんと薄く固くなっていくそれの上に正座し、私が「お前ならまだやれる!」と、掃除機に言っているのか布団に言っているのか分からないエールを送ると、圧縮袋は自分が応援されたと勘違いしてポテンシャルを見せつけてくる。
右手に掃除機のノズルを持ち、左手に圧縮袋を抱きしめて、半分コオロギの様なシルエットで暫くいると、やがて圧縮袋からはピーピーラムネの音が聞こえ始める。
あゝまたピーピーラムネが食べたい。

いつから地球はこんなに狭くなってしまったのか。

何でもかんでも小さくして、何でもかんでも一つにまとめて、本やお金すら持たなくなるとは、これ如何に。
そんなに狭いか、この星は。
だから土地を持ったり家を建てたりするとお金を取られるのだろうか、こんなに狭い星をみんなで分け分けして暮らしているのにちょっとは遠慮しろよ税なのか。
そう思うと、人もどんどん細くなって顔も小さくなってきている、誰かに圧縮されている。
どんどんどんどん圧縮されて、ヒョロヒョロになった人間が無数に暮らす星。
心配せんでもそんな頃に私は既に灰であろうが、勝手に心配になってしまう。
ヒョロヒョロな人間が、荷物も思い出も形として持たずに暮らすなんて、何だか奇妙で面白い。
ならば人間以外の動物は、各種オスメス1対ずつだけ残しておけば、場所も取らずに済むという話になるのだろうか。
そうすると地球は正にノアの方舟になる訳だ!
こりゃ面白い!

長い地球の歴史で見た時、
今は圧縮紀に違いない。

虫は凄い。
小さいし、大して食べないし、直ぐに死ぬ。
地球にとって一等賞な生き物なのではないか、だから恐竜がいた時代から今まで、淘汰されずに生き残っているのではないか。
これほどまでにスムーズな循環を人知れず行う虫、すげえや。
きっとノアの方舟があるなら、船長は虫だ。

もう一方の圧縮袋から冬物の布団を取り出し、少し冷たくなった空気の中でふぁさふぁさっとしてやると、布団は一気に今年の空気をはらんで3倍程になる。
私もつられて大きく息を吸い込むと、私の胸は少し膨らみ、また小さなそれへと戻る。
大して縮みも膨らみもしない体を確かめて、晴れた午後から大きな布団に包まると、意識はふわふわと浮遊してゆき、私はか弱い小さな赤子になる。
今だけは誰の邪魔もしない。
場所も取らずにただ小さくしているから、誰も私の邪魔をしてくれるな、と私はひとりコオロギになった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?