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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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記事一覧

【ピリカ文庫】『眠れない四月の夜に』

イントロ 真夜中の電話は、リオンからだった。 「前によく行ったあの映画館で例の映画がかかるみたいよ。見に行かない?」 年に数回、忘れたころにかかってくる電話。リオンと僕を繋いでいるものは、今はもうそれだけになった。 「悪いけど先約があってさ。ごめん」 いつも週末は散々暇を持て余しているくせに、予定が被る偶然を嘆く現実も時にはやってくるのだ。 次に彼女が僕に電話する気になるとしたら、たぶん半年は先になるだろう。 - K(ケイ) - BGM:中央線(矢野顕子、小田

【20文字小説】『はじめての就職』

元カノから届いたネクタイが御守りだった。

【掌編】『ある日の神保町で』 “改訂版”

始まりは大学二年の春だった。講義の合間にホールで悪友に捕まったのがきっかけだ。 「美佐子の相手しててくれないか  これから授業があるの忘れてた  頼むよ」 シスコンの清原から彼の妹の”接待”を頼まれたのだった。 美佐ちゃんは、大学同期の清原の妹で春から都内の短大に通っている。 何度か会ったことがあった。ちょっと生意気で苦手かもと思っていた。 まあ、この際しょうがない。 神保町の駅で美佐ちゃんと落ち合い、裏通りの喫茶店に行く。 この辺は、街の裏手にあって後楽園遊園地や野

【ショートショート】『サンセットストリップ・デジタルバレンタイン』

タバコとそうじゃないやつの入り混じった煙りがもうもうと立ち込めるライブハウス・ロキシーから這い出た僕はやっと一息ついたところだった。チャイニーズシアター前のホリデーインまで酔い覚ましに歩いて帰るつもりでいた。ちょうどいい距離に思えたのだ。 すぐお隣のバー・レインボーは、腕に覚えがあるここら辺のミュージシャンが集まる知る人ぞ知る店だ。敷居の高さもかなりの店だが、そこのドアから日本人らしき女の子がひとり出てくるのが見えた。少し覚束ない足取りだ。 今夜は何かいつもと違うことをし

【ショートショート】『ツノがある東館』

”がある”、”ガアル”、”ガール”。 ”がある”が頭の中を占拠していた。 電車の中でも、降りてからも、勤務先のビルの中でもそうだった。 仕方ないから隣の席の同僚女性に聞いてみた。 「『なんとか”がある”』って知ってるよね」 「ええ、『チアがある』とかでしょう? 『山がある』、『森がある』...…『雌がある』なんのてのもありましたね」 「じゃあさ、『ツノがある』って何?」 「初耳です。東館さんなら知ってるかも」 「どうして東館さん?」 「いえ、別に。物知りだ

【掌編】『変な朝』

なんでこうなってるのかわからなかった。 変な朝だった。 目覚めの直後、ハッとしたのは薄ぼんやりした意識で見上げた天井が、いつもと違っていたからだ。それが自分の部屋ではなくリビングルームの照明なのだと理解するまでに少しばかりの時間が必要だった。 そして左腕は誰かの体の上にある。さすがにすぐに彼だと気づいた。 同じクッションに乗っている頭を少し持ち上げて顔を見る。 自分のマンションで今、恋人と一緒に毛布に包まっている状況をやっと理解できた。 左手で自分のこめかみを掴むよ

ボントロトンボ #トロンボーンの口調

こちらの続きとしても読んでいただけます。 玄の言う通り確かに僕は頼りなかった。休日のビルの谷間、誰もいない通りのベンチで僕らは風に吹かれていた。 「トンボみたいね」 風に乗って自由気ままに流れて行く。そんなイメージなのだという。 子供の頃、トンボの食べ物はツユクサと信じて疑わなかった。捕まえたトンボの口元にツユクサを近づけるとモグモグと齧るのが面白かった。実際に食べたかどうかはわからない。 玄はトンボの食べものを知らなかった。 「ツユクサをちょうだい」 「何それ」

【20文字小説】『うむむ』

アイツからのお土産は♨マーク付きのマグ。

【20文字小説】『夏の匂い』

「お元気ですか」遠い夏から届いた年賀状。

【ショートショート】『愛にカニばさみ』

仁香がここを去ってもう二年が過ぎた。 目の前に広がる水面は、オホーツク海に面した大きな湖だ。 湖に落ちる夕日を仁香と一緒に見たあの日々が、人生最良の日々であったと今は思っている自分がつまらなく思えた。 本当につまらない人間に成下がってしまったのか。 「僕はもうここにはいたくない」 ある日突然、僕っ子になった仁香は吐き捨てるように言ったのだ。 自分は、何のために此処にいてこの夕日を今日もまた眺めているのか。 仁香は突然、花の都に出て行ってしまった。 今や彼女が気

【20文字小説】『海鳴り』

逃げる夢? 夢なんて持ってたかな、わたし。 三作目です。よろしくお願いします。      

【20文字小説】『ほっといて』

手出し無用。 管楽器吹きは己で譜面を捲る。 二作目です。よろしくお願いします。

【掌編】『クラッシュ』

誕生日をあの娘と過ごすことにした。 それは絵に描いたような幸せなある日。 美佐子と付き合い出してからもう一年たった。 前の彼女とは半年で関係が自然解消していた。人には相性というものがあるということを理解し始めている。 ケーキが並べられたガラスケースの前で美佐子が振り返った。 「大きな蠟燭を二本と小さな蝋燭を二本にすればいい?」 「うん。二十二本立てるのはさすがにきついだろ」 「ふふふ。言われるとやってみたくなるんだけど」 ケーキに蝋燭で祝って貰うなんて、いったいいつ

【20文字小説】『帰港』

  港町に生れた。 懐かしい坂道を駆け上がる。