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「反穀物の人類史」なぜ国家は生まれたのか?

■前回(文明誕生の新説)のおさらい

狩猟採集による定住生活は、肥沃な三日月地帯で誕生以降4000年の間に、ほんのわずかな人口圧によって徐々に食糧は不足し、致し方なく重労働を伴う、食糧獲得のオプションの一つに過ぎなかった「飼い馴らし(農耕&牧畜)」を拡大させます。その間、さらに4000年間、飼い馴らしが浸透することによって定住社会(ドムス)の家畜化が進展します(家畜化も非常に興味深い視点なので詳細は別途展開予定)。

そして初期国家が誕生するのですが、なぜ初期国家は誕生したのでしょう?

■気候変動による人口の密集→都市化

肥沃な三角地帯では、豊富な水に恵まれた沖積層で氾濫農法を中心とする農耕&牧畜に加え、従来からの狩猟採集によって十分生活できていたのですが、気候変動によってBC3500年ー2500年の間に海水レベルが急激に下がるとともに乾燥化によって、獲物や野生の植物が激減し、農耕用の土壌も塩類化(※)して耕作できる農地も激減。

※塩類化=水分に含まれる塩分は植物が吸収しないので土壌は水を巻くにつれ土壌の塩分濃度が上がっていく現象

この結果、狭くなった場所に周辺の人びとが急速に集まらざるを得ず、都市化。

■国家は「税の徴収」によって生まれる

人口密集=都市化によって定住社会は、農業の更なる生産性向上をせざるを得ず、灌漑用の運河の掘削や輸送網整備のための、より効率的な組織として、平等なヨコ関係の集団から不平等なタテ関係の組織に定住社会を組み換えざるを得ませんでした(組み替えできた集団だけが絶滅から逃れたとも言える)。

この結果、支配者(エリート)と被支配者(臣民)の関係が誕生し、エリートは管理者側として自ら農作業はせず、臣民に農耕・牧畜によって余剰農産物を強制的に生産させ、その余剰農産物を税として徴収することによって生活。

なので国家の定義を著者は以下のように定義しました。

この本では国家を、税(それが穀物か労働力か正金かは問わない)の査定と徴収を専門とし、単数もしくは複数の支配者に対して責任を負う役人階層を有する制度として考える

第4章

ごくごく簡単にいうと国家の成立は「税の徴収」によって成り立つということ。税の徴収がされているか、されていないか、が国民か、無国民かのボーダーライン。

このように、農耕・牧畜によって余剰生産物が生まれたから国家ができたのではなく「国家という税を介した支配と被支配の関係」ができたから(強制的な)余剰生産物ができたのです。

従来の説:農耕 →余剰農産物→タテの人間関係(国家)
本書の説:乾燥化→食料逼迫→タテの人間関係(国家)→余剰農産物

*写真:奈良県橿原市 丸山古墳(奈良県最大の前方後円墳)


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