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「日本酒」の基礎知識と地質学

前回紹介した「醤油」も「日本酒」も発酵食品ですが、酒造りのためには醤油同様、いかに発酵の働きを活用するか、によります。

その前にお酒とは何か?、に関して地質学に触れる前に、生物学的視点から、確認したいと思います。

三重県名張市「瀧自慢」直売所

⒈お酒とは何か?

酒とは、アルコールを含む飲料の総称。アルコール(エチルアルコール)は糖質の一つであるブドウ糖が、チマーゼと呼ばれる「酵素」によってアルコールと炭酸ガス(二酸化炭素)に分解される「アルコール発酵」によって生成されます。

本書:第7章

つまり、アルコールを作ると必ずその副産物として炭酸ガスが発生するため、ビールやシャンパンなどの炭酸飲料が自然にできる。スパークリング日本酒も同じ理屈ですね(一部、後から炭酸ガスを注入する商品もあり)。

同上
青森県青森市「田酒」

⑴お酒を飲める人・飲めない人とは?

私たち人間はアルコール摂取が可能です(東洋人の一部除く)。なぜならかつて私たちの祖先がアフリカに住んでいた時、腐敗した果物でも食べられるように進化したから。ちなみにアルコール摂取できる動物は類人猿の一部と人間だけだそう。

ほとんどの人は、エチルアルコールを分解するために不可欠な酵素を作り出す遺伝子を持っている。チンパンジー、ボノボ、ゴリラにもこの遺伝子があるが、オランウータンにはない。他の霊長類も、マダガスカルの奇妙なサル、アイアイ以外はこの遺伝子を持っていない。アフリカの類人猿とヒトにだけこの遺伝子があるという事実は、われわれとアフリカの類人猿に共通する最後の祖先が食糧難の時期に、森の地面に落ちて発酵した果実を食べて生き延びたことを示唆している。

ジェレミー・デ・シルヴァ著『直立二足歩行の人類史』第五章

なお人間でも一部アルコール摂取できない遺伝子(=ALDH2不活性型)を持った人間が東洋人(モンゴロイド)の一部にいますが、これは食べられる食料が豊富になって腐った果実を食べる必要がなくなった結果らしい。

(国税庁HPより)

したがってお酒飲めない人は、ある意味飲める人よりもより進化した人間とも言えます。

ちなみにアルコール依存症になりやすい人は、肥満になりやすくかつ他の依存症にもなりやすいらしい。彼ら彼女らが保持する遺伝子(Taqia AI遺伝子)は、持っていない人に比べてより強い快感への欲望を望んでいながら、実際にはより小さな報酬しか得られない、という神経系の特徴を持つために、依存症になりやすいという(デイヴィッド・J・リンデン著『快感回路』第3章より)。

⑵お酒がもたらす快感とは?

アルコールは、快感回路における抑制性の神経伝達物質「GABA」を増強する薬物。

最新の仮説では「アルコールは百薬の長という諺が完全な迷信であることを証明してしまいましたね。つまりアルコールは一滴でも飲むと身体に害がある可能性が高い。

アルコールは、快感回路をそれほど活性化しませんが、エンドルフィンとエンドカンナビノイドの両方の分泌を促し(そのメカニズムはまだ不明な点が多い)、それによりVTAドーパミン・ニューロンの抑制を解除します(=抑制剤)。

これはアルコールを大量に接種した場合のみで、少量のアルコールは興奮作用をもたらす。アルコールは脳全体を順番に麻痺させていくのが特徴で、

①爽快期 :前頭葉(理性マヒ→解放感)
②ほろ酔い:側頭葉(感情マヒ→感情が不安定)
③酩酊期 :後頂葉(感覚器官マヒ→ふらつき、視点が定まらず)
④泥酔期 :大脳辺縁系(記憶機能マヒ→記憶が飛ぶ、言語機能喪失)
⑤昏睡期 :脳幹(身体維持機能の麻痺→最悪は死にいたる)

という順番。

福島県会津若松市「写楽」

⒉日本酒とは何か?

日本酒は「並行複発酵酒」と呼ばれ、麹菌と酵母を用いてデンプンからブドウ糖に変える「糖化」という工程と発酵を同時に行うお酒の一種(ビールは単行複発酵酒)。

⑴日本酒は、五つの要素の掛け合わせで分類

日本酒には、その製造方法によって5つの要素の掛け合わせによって分類されます。

①醸造アルコールを添加するかどうか(醸造酒か純米酒か)
発酵の過程で「醸造アルコール」を添付した日本酒が「本醸造酒」で添加しないのが「純米酒」。

なぜ本醸造酒が醸造アルコールを添付するかというと、もろみを腐敗させる火落菌の増殖を抑えるためなのですが、、添付することでキレがあり米の香り(吟香)豊かな味わいになるといいます。安いお酒は本醸造酒がメインですが「本醸造酒には本醸造酒ならではの味わいがある」ということです。

②お米の精米歩合をどの程度にするか
原材料となるお米の精米具合でお酒の種類が変わります。全く精米しないのが玄米(精米歩合100%)で、私たちが一般に食べている白米は、精米歩合が92%程度だそう。ちなみに玄米をつ使った日本酒あるのかな、と思ったらあるんですね「玄米日本酒」というものが。。。でもほとんどレアもの。

そして一般に日本酒は精米歩合が75%以下の白米を使用します。中でも60%−50%の歩合のお酒を、「吟醸」と呼び、50%以下の精米歩合の日本酒を「大吟醸」と呼びます。

③火入れするかどうか
いわゆる生酒かどうか、ということで、一般に日本酒は火入れすることで殺菌して発酵をとめ、品質を安定させて常温で保存することが可能になります。

一方で生酒は火入れをしないのですぐに味・品質が変わってしまうため冷蔵がほぼ必須になります。なぜなら菌が生きているので、常温だとお酒がどんどん劣化して酸っぱくなったり黄色っぽい色になったりしてしまうのから(ただし飲めないわけではないので消費期限はない)。

④乳酸菌を自然発生させるか、外から投入するか
ほとんどのお酒は、麹菌を使って発酵させますが麹菌にはお酒の元となる酒母(=酛)やもろみの腐敗を防ぐクエン酸を生成できないので、外から乳酸菌を加えることが必要になります。

一般に、外から乳酸菌を加える製法は、明治時代に開発された画期的な製法で、「速醸酛」という製法。現在はほとんどがこの製法です。

したがって「速醸酛」がなかった時代には、空気中や蔵の壁・天井など自然に自生する乳酸菌を繁殖させるしか方法がありませんでした。この昔ながらの手間のかかる製造方法が「生酛」と言われる製造方法です。

⑤乳酸菌を自然発生させる製造法の場合、山卸するかしないか
生酛の場合「山卸」という、山に登って寒い場所に行くが如く、寒い気温の中で(7−9度ぐらい)酒母を手作業でこね回してお米や麹をすりつぶし液体状にする作業を行います。そうすることで乳酸菌の繁殖を促します。

ところが、山卸をしなくても技術革新によって麹から溶け出した酵素の力で米が溶けることが分かりました。その製法が山廃(やまはい)。「山卸廃止酛(やまおろしはいしもと)」が正式名称。

ちなみに私の一番好きな日本酒は生酒の純米酒で、吟醸系はスッキリしすぎてあまり好みではありません。さらに生酛づくりであれば、なおよし、といったところか。

⑵先日購入した日本酒「甲子」の場合

先日、千葉県酒々井町「飯沼本家」で購入した日本酒は、無濾過のまま炭酸ガスが残った状態でタルから直汲みした日本酒。自分好みの旨みたっぷりの日本酒でしたが、このお酒はどのような日本酒なのか以下確認。

①醸造アルコールが添加されているかどうか(純米酒か本醸造酒か)
純米」と表示されているため、醸造アルコール無添加=純米酒
②お米の精米歩合
「吟醸」「大吟醸」と表示されていないので、精米歩合75〜60%の「純米酒」
③火入れしているかどうか
生原酒」と表示されているので、火入れしていない
④乳酸菌を自然発生させているかどうか
「生酛」「山廃」と表示されていないので乳酸菌を外から投入した「速醸酛」
⑤山卸の有無

「速醸酛」なので無関係。

⑶お米(酒造好適米)

米粒の芯になる部分がより大きな品種であることが重要。この「芯」の部分を「芯白」と呼び、デンプンが主成分。さらに酒の雑味の原因となるタンパク質が少ないこと。

そして柔らかく吸水性に優れ、麹菌の繁殖に適していること。

したがって、お酒にはお酒に特化した特徴を持つお米が必要だということです。具体的な品種としては「山田錦」「五百万石」「美山錦」などがこれに該当します。最近では「雄町」が有名ですが、雄町は「山田錦」や「五百万石」のルーツとなった品種で、栽培が難しく主に岡山で栽培されているそう。

大阪府能勢町の銘酒「秋鹿」に関しては、雄町(山田錦も)を自家栽培しているとのこと。

⒊日本酒は「水」によって生産地が決まる

ここからが地質学に関わってくるところです。日本酒は「米」と「水」が主な原材料ですが「水によって日本酒の生産地が決まる」といっても過言ではありません。

それでは、どのような性質の「水」がお酒には必要なのでしょうか?

⑴鉄分は日本酒の天敵

日本酒は麹菌がお米のデンプンを糖化(ブドウ糖に変換すること)することで作られますが、麹菌による糖化の作用を阻害するのが鉄分。したがって日本酒作りは鉄分を含まない水が採水できる場所で行われます。

日本列島含む東アジア東縁部は、海洋プレートの沈み込みによって生成された花崗岩が多く、概ね日本酒作りに適したエリア。日本列島も地表の10%以上が花崗岩。

というのも、花崗岩は鉄分が乏しく比較的カリウムを多く含む岩石なので、日本酒作りに最適なのです。なおカリウムは酵母菌の活動を促進する作用があるため花崗岩から生み出される水は、より日本酒作りにピッタリ。

具体的には、背後に花崗岩系の山が控えている兵庫県神戸市・西宮市の「灘」、新潟県の長岡・魚沼、広島県の西条など。

ただし、京都の伏見は花崗岩質が多くない地域ですが、代わりに背後の丘陵地隊が「チャート」と呼ばれる岩石の地層で鉄分をほとんど含んでいない地層なので、伏見の水も「御香水」と言われ、日本酒に最適な水。

京都市左京区「神蔵」

⑵水の硬度によって左右される発酵速度

水にカルシウムがどれだけ水に含まれているか、つまり水の硬度がどの程度か、によって日本酒の発酵速度が左右されます。カルシウムが多ければ多いほど麹菌の働きが活性化すると言われているため、カルシウムの濃度が高い=硬度が高いと効率的にお酒の製造ができるということ。

例えば、日本酒の国内出荷量の24%(2020年時点)を占める日本最大の日本酒生産地「」の水=「宮水(西宮の水の略)」は、中硬水なので、効率的に大量にお酒を製造することが可能。六甲山系の伏流水が山麓の砂層を流れる間に、この地層に含まれる貝殻(=主成分は炭酸カルシウム)の成分を溶かし込むのが要因らしい。

一般に硬度が高い水(硬水)を使ったお酒は発酵速度が速いので、キリッとした辛口(=男酒という)になりやすく、硬度が低い水(軟水)を使ったお酒は、発酵速度が遅いので、まろやかな味(=女酒という)になるといいます。

本書は言及していませんが、それでは広島県の西条の水は発酵の働きが難しい「軟水」なのに、なぜ日本酒生産が盛んなのでしょう。

なぜなら1876年(明治9年)に、軟水でも安定した酒造りが可能な醸造法を広島県三津村(現在の東広島市安芸津町三津)の酒造家、三浦仙三郎が発明したからだそう。軟水醸造法では、ゆっくりと発酵が進む軟水の特徴を逆手に取った酒造法で、硬水のキリッとした辛口のお酒とは異なる、まろやかな旨みのある日本酒の製造に成功(広島食道より)。

広島県安芸郡熊野町「馬上酒造」大号令

以上、改めて日本酒を勉強するとその奥深さに感銘します。日本酒はワインと違って安くて、しかも奥深くてバラエティがあって美味しいので、もっと世界に知れ渡ってもいいように思うのですが、どうなんでしょう。

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