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もう一度、「本が好きだ」と言いたくて

最近、「いい仕事をせねば」として自分の足りないスキルや考え方を必死に本の中に探すようにしてばかりで、ちゃんと読書してないな、と思った。最近の本との関係が、なんとなく嫌だった。

こんな本の読み方をするようになったのは、昨日や今日はじまったことじゃない。小さい頃はもっと自分が純粋に読みたい気持ちにかられた本を読んでいた。
ミッケやウォーリーを探せで遊んだし、バムとケロシリーズの絵が大好きだった。クイズの本や、心理テスト、占いの本も良く買ってもらった。おかげで不揃いでカオスな本棚と過ごす羽目になった(笑)
友達に倣ってかいけつゾロリも読んだけど、もっと心が動くような、温かい物語が好きだった。
そういう意味で中学受験はとても良い機会だった。問題として出た文章で、好きだなと思った本は小説で買って読んだ。
「西の魔女が死んだ」は今でも読み返す私のバイブルになった。

でもいつからか、本を「目的をもって」読むようになった。
○○について知りたい、くらいの頃は純粋な好奇心だった。目の前にある問題の解き方が知りたい、と思って本に向かうようになって、周りの大人に褒められたり、友達から「すごいね」と声をかけてもらうこともあって、ちょっといい気にもなったけど、結局は苦しさを必死で見ないようにするために本に意識をそらしていただけだった。

今、私の家の本棚で、本当に私の好きが詰まった部分は、とても小さい。
さながらサラリーマンのための駅の本屋のようになっている部分もあって、そこを見ると、自分の抱えた苦しさが、胸をついて出てきそうになることがある。

この気持ちは残しておこうと思ってnoteを書き始めたら、「いい文章を書かねば」と思って純粋な書きたい気持ちで書いた文章を、私の中にいつの間にか居座っていた厳しくて批判的な悪魔が許さなくて、書いては消して、書いては消してを繰り返して、これはダメだなと思ってnoteを閉じた。

最近仕事をしていてもこんなことばかりである。
何かいけない気がするけど、何がいけないのかまだよくわからない。
けれど、とりあえず、もっと自分の中から出てくる純粋な好奇心とか、感動を求める気持ちとか、うまく作れないけど作ってみたい気持ちを大切にしたい。

「今の自分のできていないことに対してもっと寛容に、今できていることだけでできた気持ちを、作品を、私をもっと愛でてられるように」
そんな気持ちを抱きしめて、今日から、好きな本を好きに読む時間も大切にしたい。

手始めに、家にある本なら小川洋子さんの「密やかな結晶」を。
次に図書館に行く機会があれば、児童書コーナーに忍び込んで、たくさんの絵本を開いてみようと思う。

■20230828追記
同じ双極性障害を持った人はもちろんのこと、心の中の苦いもやもやの話を誰かに聞いてほしい人、一緒に怒ったり泣いたり寄り添ってほしい人などへ向けて、よく「聴く」カウンセリングサービスを始めました。
ご興味のある方がいらっしゃれば、下記のnoteをご覧ください。


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