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連載『あの頃を思い出す』

    3. いくつかの片想い・・・10


「けいちゃーんせんせー。それまだあけないのー」
「あけないのー?」
「ごはんの前はダメよ」
 さすがの子どもたちも臆したのか、様子を伺いながら瀬谷の周りでもじもじする。子どもは大人の都合通りには行かないものだが、一先ずその場の空気を持ち去ってくれるいい緩衝材ではあった。こんな時は特にすくわれる。
「なんで『けいちゃん先生』なんですか?」
 ありさも若いながらに切り替えが早い。そういうとこ露が彼女のいいところだと思うが、しかしこの状況は尚季(ひさき)には痛い。
「保育園の行事の一環でね、隣のスポーツクラブでスイミングをやってるのよ。だから面識があるの」
「なるほど」
 なにに納得しているのか計り知れないところではあるが、それ以上瀬谷との事を詮索する事が酷に思え口を噤んだ。もっともありさに限っては、この場で聞かずともこれからいくらでも様子を伺うことは可能なのだ。
「まま、けいちゃんせんせいとけんかしたの?」
 重苦しい沈黙の中、夕食も終わりに近付いた頃、突如一花(いちはな)が口を開いた。
 尚季は迷わず瀬谷に目を向けるが、頬張ったままの瀬谷は小刻みに首を横に振っていた。
「俺は、なにも言ってない」
「どうしてそう思うの?」
 変わりにありさが代弁する。
「だって」
 言葉を飲み込む一花。
「ままコワイ顔してる」
 静かに尚季の顔色を伺うように話す。
「違うよ、はなちゃん。俺がママに意地悪しちゃったんだ、ごめんな」
「だめだよけいちゃん、女の子いじめてワ」
 ナイト気取りで瀬谷をたしなめたつもりか、一葉(いちよう)は満足そうに言ってフォークを置いた。
「一葉くんはいじめないんだ」
「うん、ようくんはやさしんだよ。ね、まーま」
「そうね」
「けいちゃんはなにいじわるしたの?」
 子どもにとっては素朴な疑問だが、聞きにくいところをついてくる。
「こらこら、ちゃんと『先生』っていいなさい」
「は~い」
「けいちゃんせんせい?」
「あー」
 言ってしまって答えに詰まったのは瀬谷だ。まさか「好きな女の過去を追及した」とは言えない。きょろきょろと目を泳がせる。
 ここはありさも押し黙った。
「瀬谷くんね、パパ…の話聞きたいんだって」
 意外にも口にしたのは尚季だった。
「尚季さん」
「だって聞きたいんでしょ」
 そう言われては身もふたもない。
「はなちゃんも聞きたい」
「ようくんも!」
「そうか、みんな聞きたいか」
 子どもたちに話す尚季からは、瀬谷やありさが気に病むような怒りや落ち込んだ様子は見受けられなかった。逆に子どもたちの前で話したがらないというのも不自然だ。

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