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数多の星、あるいは、

子どもの頃わたしは、友人の気を引くために蟻の巣を洪水にしたことがあった。たとえ相手が蟻だろうとも、命を奪うことには変わりのない所業だった彼女は無類の動物好きで、将来は獣医を夢見ていたくらいだったので、蟻と言えども充分に愛でる対象であった。ゆえにわたしは、彼女の目の前でわざとそれをしたのだった

それを見たわたしの友人は、当然のことに「やめて」と言って顔を歪めた。加えて「たゆちゃんの星の蟻の巣も洪水になっちゃうよ」と言ったのだ

よくよく聞けば、自分がこの世に生まれたと同時に、宇宙にもまた自分の星が生まれ、善い行いをすれば花が咲き、悪い行いをすれば土地が枯れるという、なんとも乙女チックな話だった
彼女がその話をどこで聴いたのかまでは知らないが、なるほど、ひとの命が消える時は総じて〈星になった〉と表現するではないか・・・・
いや、死んでから星になるのなら、一緒に生まれた星はどうなるのだろう? その時はそこまで考えはしなかったが、おそらく星もまた命と同様に消滅するのかもしれないと、今なら解釈できる。星もまた、生まれては消えるものなのだから

幼い日の他愛のない出来事とはいえ、子どもというのはとかく信じやすい生き物であり、友人の気を引くための所業が途端に罪悪感に変わり、それ以後の自分の行動がすべて宇宙に影響するのかと少々身震いを覚えた。子供じみていると思われるかもしれない。しかし、すべては子どもゆえの行動であり、わたしは正真正銘の子どもだった

わたしとて、わざとやったとはいえ心が痛まなかったわけではなかった。そんなこと、できればしたくはないし、なにやらもやもやする。それをすることで蟻がどうなるかということは容易に想像できる年齢であったし、腹いせや快楽を得るためにやったことでもなかった。それでも決行に到ったのには、気持ちの中にやんごとなき事情があったからなのだ

あの時のわたしは、どうしても彼女を自分の元に留め置きたくて、力でどうにかしようとしていた。なにからなにまで子どもだった。今思えばそんなこと、やろうがやるまいが彼女に嫌われていたわけでもなかったのだ。それでもわたしは彼女を自分のものにしたかった。男の子が好きな子に意地悪することと同じで、自分に自信のなかったわたしは、力を見せつけること意外の手段が思い浮かばなかった
案の定、あの光景はわたしの脳裏に焼き付いてしまったし、思い出せばイヤな記憶になってしまった

大人になればそれがくだらないことだと解る。そんなことをしなくてももっと違う付き合い方ができると解るし、嫌われてしまうには自分に理由があるからだということも受け入れられるのだ
ありがたいことに、彼女とは今も交流があるし、彼女はもうそんなことを覚えていないかもしれない。でもわたしは覚えておかなければいけないとも思うのだ。なにより、あの時わたしは、自分の星の蟻の巣を洪水にして悪い影響を与えてしまったのだから

子どもができるとそういうことが妙にクローズアップされる。我が子の前で「悪いことはできない」「悪いことは見せてはいけない」という心が働くのだ。例えば、それまで距離のあるところから投げ入れていたゴミくずも、ちゃんとゴミ箱の前にいって捨てる…だとか、汚い言葉や相手を蔑むような単語を発しない…など、それまでおろそかにしていた行儀やら素行を正そうとする。キレイな目、キレイな心の前では、たいしたことはないと思えることもたいそうなことに感じるようになるのだ
そこでまた思い出す。あぁ、宇宙にあるかもしれないわたしの星は「ゴミだらけ」かもしれない。わたしの星に住む生き物は「ケンカばかりしている」かもしれない…なんてね

善い行いをすれば、草むしりをする生き物が増えるかもしれない。悪いことをすれば空気が悪くなるかもしれない。そう考えるとなんとなく身が引き締まる感じがするのだ。子どもじみているかもしれないけれど、でもそういう行いはすべて、子どもの頃に教わるものだ。子どもじみていることは、子どもでもできること…ということだ
わたしの星は大きいだろうか? そんなに大きくはなくても、キレイで豊かだといいなと思う。やさしい生き物が育っていたらいいなと思う。でもそうするには日々の行いがキレイで豊かでなければならない。自分がやさしくなければいけない。とても心洗われることではないかと思う

さて、よく〈星の数ほど〉というたとえ話を耳にしますが、果たして星の数というのはいったいいくつあるのでしょうね? それこそひとの数、または生き物の数と同じだけ…存在するのかもしれないし、存在すると思っているだけで実はどこにもないのかもしれない。ひとは目に見えるものしか信じない傾向にあり、目に見えないものには説得力を感じない。空を見上げて見えている数しか知らない。目に見える星の中に自分の星、あるいは惑星があるかもしれないと言われてもピンとはこないもの。でも、在ると思えばあるかもしれない


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