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マイリトルラバーの冬に

ひさびさの雨が続いて
路上の雪が溶けてゆく様を見ながら
春の訪れを予感していたのに
夕方から、どんでん返しの降雪
そしてまた街は白く染まってゆく

あの時も今日みたいな雪だった
中学三年生、受験勉強も佳境を迎える冬休み
僕の当時住んでいた小さな街に都会から
有名な塾の冬期講習がやってきた

開催場所は多目的ホールにパイプ椅子と長机という
とってつけの仮設会場で
進学コースと特進学コースの二つのコースがあった

地元の高校ではなくて学区外の高校を受験しようとしていた僕は
特進学コースを選んだ

開講初日に配布された教材は
何が書いてあるかわからないくらい難解な内容ばかりだった
この時期で全く理解できない教材を見るのは恐怖だ
僕の学校は何を教えてくれていたのだろう
ライバルたちは僕より遥か先を進んでいて
今から追いつくのは無理なんじゃないか
ただただ受験失敗するんじゃないかという不安を掻き立てられた

学区外の高校は無理なんじゃないかなって
講習がはじまって僕の不安はより深まった
問題を解けない者を「待つ」ということはなくて
これで質問する奴はいないよなという空気が満ち溢れていた
着々と講習は進んでいく
わかりきっている事の確認作業のようだ
わかっていないのは僕だけのような気がしていた
僕は完全に取り残され孤立していた
だから僕はわかったフリを決めこんだ

そして昼間のわかったフリを埋めるために
深夜まで勉強してなんとか食らいつこうと抵抗したんだ
そんな誤魔化しと抵抗を繰り返したのは
受験に受かりたかったからとかじゃなくて
単に周りの奴らに舐められたくなかったし
友達には講習は余裕と吹いていた
ちっぽけな自尊心とプライドを守るためだった

そんな自転車操業的な講習から早一週間がたっていた

長机の僕の横のデブのさらに横の机にその女の子はいた
講習後みんなが帰る中
その子は暗い顔してブツブツ独り言を言っていた
「わからない、わからない、ヤバい」
まさかこんな近くに同志がいたとは
この子もわかったフリをしていたんだと僕は嬉しくなった

「難しすぎてついていけないよね」
僕は思い切って話しかけてみた
「本当、この講習にきて一気に自信がなくなっちゃった」
彼女は泣きそうな顔をする
「そうそう、学校でやってきたことが何も役に立たないっていうか」
「私、A高校志望なんだよねぇー、落ち込むわー」
「こことか特にわからん」
「あ、私そこはわかるよ」
「えっ?マジ?ちょっと教えてもらっていい?」

彼女は僕よりさらに田舎の学校から
バスで一時間以上かけて冬期講習に通っていた
バスの本数が少ないのでバスの時間まで
会場の前にあるとって付けた古いベンチで
いつも復習しながらバスを待っているという

その日から講習の後に僕は彼女とバスが来るまで
一緒に勉強することにした
地獄の講習の中で唯一の安息の時間だった
ひとりで勉強するよりも二人で悩んで解く方が
すごく捗ったんだ
そのうちお互いの学校の話や
聞いている音楽の話をするようになって
当時流行っていたMy Little Loverのアルバムを
お互いに買って曲のあそこがいい、ここがいいと語り合った
よく聞いていた曲は「白いカイト」だった
近くのコンビニで肉まん買ったり
CDウォークマンで一緒にMy Little Lover聴いたりした

たぶん僕はその子のことが好きになっていた
彼女にいいところ見せようと
勉強も以前より頑張った

そして講習の最終日
外は雪が降りしきっていて夕方なのに真っ暗だった
講習が終わりこれでお別れなのかと寂しくなり
彼女に声をかけられないまま沈黙の十五分
「今日で終わっちゃうね」
彼女の方から声をかけてきた
「うん」
「結局どこ受けるの?」
「B高にしようと思う」
「そっかぁ、私はやっぱりA高諦めきれないから勝負する」
「大丈夫だよ、きっと」
「うん!そっちも頑張ってね」
「うん」
「じゃあね、バイバイ」
「バイバイ」
それが僕達が交わした最後の言葉
彼女はバスに乗り込んでいった

受験まで一ヶ月前に
彼女から一枚のハガキが届いた
「受験お互いにがんばろーね」
ハガキにはそう書かれていた

あれ以来彼女には会っていない
結局高校受験に合格したかどうかも分からない
僕は講習の甲斐もありB校に合格できて
新しい高校生活の準備がはじまった
B高へは実家を出て下宿に通うことにしたので
バタバタしているうちに
彼女との別れの感傷に浸る余裕もなかった
気がついたらもう入学式がはじまっていて

ひと冬の出会いと恋にはまだ早いつぼみが
雪のように溶けて消えてゆく
あの時噛みしめることができなかった気持ちを
僕は薄暗い空に深々と降る雪を見ると
My Little Loverの曲と共にあの頃を思い出すんだ

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