俺、自己管理法を教えてくれるメスガキと一緒に住むことになった。
『おじちゃん、大人なのに低気圧に負けちゃうの〜?♡なっさけなーい♡クスクス…』
「く、くそっ…大人をからかいやがってぇ…!見てろよ…自律訓練したあとにきちんと朝ごはんを咀嚼し作業興奮により良い生活リズムをつけてから大人の力わからせてやるからなぁ…!」
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『おじちゃん夜更かししていいの〜?♡病気悪化しちゃうんじゃないの〜?♡クスクス…』
「ク、クソッ!見てろよ…!疲労回復とストレス耐性を上げる効果のある成長ホルモンが出やすいと言われる夜10〜2時の間に寝て体力つけてから大人の力わからせてやるからなぁ…!」
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『おじさんさっきからなにも出来てないじゃん♡なっさけなーい♡』
「ク、クソ…!体調不良や病気によって出来ないことがあるとやり残した感じがして就寝時間が遅くなる傾向があるがそこは割り切ってちゃんと休息して回復してから大人の力わからせてやるからなぁ…!」
俺は政府から派遣されてきた"メスガキ"に生活を管理されている。
これはその日々を記録したものだ。
今でこそ感謝しているが、
最初の方はとにかく生意気だという印象だった。
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この国は最近になってようやく景気が回復してきたが、
その犠牲になった世代がいた。
通称"暗黒の世代"
その頃のこの国の経済政策は失敗に失敗を重ね、稀に見る不景気で、ほとんどの企業が現状維持で手一杯だった。
自然、求人は控えめになり働き口が極端に少なくなった。
どんなに良い大学を出てもギリギリ就職出来るかどうかだった。
―明らかに"社会の流れ"が悪かった。
それなのに社会から"自己責任だ"と非難された。
当時の純粋な若者の多くはそれを真に受けてしまい、
結果精神を病んでしまう者が多く出た。
政府はそういう"不適合な者たち"に対しなんのケアも施さなかった。
『彼らは勝手に堕ちたのだ。』
そう嘲笑って。
―あれから数年ようやく景気が好調になった頃、
やっと政府のお偉いさんは気づいたらしい。
"暗黒の世代"の労働人口が極端に少ないことを。
景気が良くなると人手が要る。
最初は好景気なら働き口も増えて、"不適合者たち"もおのずと社会復帰するだろうと楽観的に考えていたようだったがそうはならなかった。
"堕ちた者"のほとんどは心を挫いてしまい、すっかり自信と自立心を失ってしまっていた。俺も、そうだ。
このことは社会問題になったが、やがて政府の中の知恵のある者がこれを逆にチャンスと捉えた。
"彼らが社会復帰できるように政府で補助しよう"
俺らは純粋な日本人だ。だから移民政策のように反発を生まずに労働力を確保できるし、成功すれば支持率も上がる。各省庁の成果にもつながる。
今まで散々見て見ぬフリをしていたのに、価値が出てくると急に注目する。
現金なことだ。
20XX年、通称MESGAKI法と呼ばれる法案が成立する。
Mental Saver , Government Authorized Kids
(政府公認"少年精神ケアマネージャー")
通称MESGAKI-メスガキ-
片親や親のいない子を対象に「自己管理のライフハック」を教え、
また"暗黒の世代"である俺たちへの公的精神ケアマネージャーとして従事させ給金を出すことで、
生まれ持った文化資本や経済面での格差を少しでも是正することを目的とするために例外的に児童労働を認める法案だった。
もちろん児童を労働させることや出向先での考えうる様々なトラブルへの懸念など反対意見も多数あったが、
とにかく労働力が欲しい経団連の猛烈な後押しもあり、驚くほどすんなり可決された。
すぐに全国にMESGAKI養成所が作られた。(余談だが、この養成所建設も天下りがなんやら献金なんやらでニュースを賑わせた。)
身寄りのない子供たちはそこで学び、その教育が終わり次第それぞれの対象者の元へ派遣されていった。
俺はそのMESGAKI第4期卒業生の派遣対象になっていた。
―――――実を言うと、俺は就職に失敗して"堕ちた"ワケじゃなかった。
それより前から人間関係の失敗でもう――――
『おじさ~ん♡なにしてんのぉ?♡クスクス…』
「…日記書いてたんだよ。だぁ!見るなって!」
『なに?♡読まれたら困るようなこと書いてるのぉ~?♡クスクス…』
「ク、クソッ…!お前が"日記や記録をつけることで精神の安定やタスク管理を期待できる"っていうからつけてんだろ~!?」
『おじさんおもしろ~い♡クスクス…』
それでこいつが来た。
見た目は結構かわいい。そういう嗜好がない俺でもそうとわかるくらいに。
だが…クソ生意気。
いつも大人を挑発するような態度をしてくる。しかも、子供の無邪気なそれではなく「わかっててそうしてる」感満載のそれなのだ。
そんな感じで「~できないのぉ?♡クスクス…」なんて言われたら売り言葉に買い言葉で「やってやらぁ!」と思惑通りに動いてしまう。
そして実際にやりとげると「おじさんえらぁい…♡クスクス…」なんて褒められるもんだから怒るに怒れなくていつも黙ってしまう。
俺はあいつに一度も勝てたことがない。
この前も、
――――――――――――
「なんかダルいなぁ…」ゴロゴロ…
『……。』
「うーん…」
『…!おじさんの財布もーらい!』スタタタ
「こら待てメスガキィ!」ダダダ
「はぁ…はぁ…やっと捕まえたぞメスガキィ…!」
『きゃぁ~♡クスクス…どう?ダルさおさまった?』
「あ…え…あ、ほんとだ。」
『おじさん、えらいねぇ♡クスクス…』
「……う、うん。」
この前なんかも、
「…やっぱり俺はダメ人間だよ…」
『…クスクス、おじさんこれなぁ〜んだ?♡』
「…なんだこのカレンダー?それに日付についてるこの◎マークは?」
『これはねぇ〜♡おじさんが頑張った日の記録つけてたの♡』
「…なんだ俺結構頑張ってんじゃん…」
『えらいねぇ~♡(ニッコリ)』
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いつもいつもあいつの思惑通りになってしまう。くやしい。
もうすぐあいつの担当期間が終わるから、どうにかそれまでに1度くらいは鼻をあかしてやりたい。
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『あと2週間で私の担当期間が終わるね、おじさん』
「…そうだな」
結局俺は一度もこいつに勝てなかった。
『説明するね。おじさんは今後どうするかについて選べます。』
『ひとつめ、このまま私がMESGAKIのまま担当期間を延長する。』
『ふたつめ、担当を他のMESGAKIに替える。』
『でもひとつめはないかな…』
「え…?」
いつもの表情とは打って変わって、影のある顔。
『わたしね。誰かの行動を促すための話法が苦手でね。つい"~できないの?"って挑発する口調になっちゃうの。』
『自覚はあるの。だからそれを誤魔化そうとするうちにどんどん生意気な言い方になっちゃってた。』
『…おじさんがムッとしてたのも気づいてた。ごめんなさい。』
「…………」
『それでもおじさんはわたしに怒りをぶつけなかった。それ、とても助かった。ありがとね。』
『…そして、ごめんね。次からはもっとちゃんとしたMESGAKIが来ると思います。』
最後の方の声は大分震えていたが、彼女は決して泣くまいと顔をこわばらせながら必死に俺を見つめていた。
『…ふぅ、ごめんね。じゃあここの書類の"担当期間の延長を希望しない"のところにチェックをお願いします。』
「…こ、こら待てメスガキ…!」
『え…』
「俺の意見は聞かないのかメスガキィ…!」
「お前、教えてくれたよな。"他人と接することにより理性や抑制を司る前頭野が活発化し良い生活習慣を維持出来るんだよ"ってなぁ…!」
『う、うん』
「お、お、お、俺はっ、お前が、いいひぃ!」
あー、大事なところで噛んだ情けない。恥ずかしい。
『……………』
『……………』
『……………』
『…………』
『…な、なさけなーい♡あたしがいないとダメなんじゃん…♡』グスッ
もうそれが彼女の照れ隠しだとわかっているから、俺はそれに負けていい。
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『おじさん毎日あたしに味噌汁作らせておやじくさーい♡クスクス…』
「クソッ…!味噌汁に多く含まれるトリプトファンは睡眠ホルモンの生成を助けより良い眠りを作るんだよ…!良い睡眠はより良い生活を送ることに繋がるから更に大人の力をわからせてやるからなぁ…!」
これは俺が立ち直るために色々なことを教えてくれた彼女の言葉の備忘録である。
ある程度の量がたまったのならばまた形にしよう。
これをお読みの方にあいつの知識が役に立ちますように。
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Twitterに書いてたものの再編集版です。
一応、続く予定。
2019.10.13 ぐら
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