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勇気と無謀の違いは神様も教えてくれなかった (3)

 翌日、僕は晴れやかな心持ちで、ふだんの仕事に励んでいた。

 仕事というのは、町の人々にかたっぱしから声をかけ、教会に来るよう誘うことだ。

「病気で苦しんでいる方はいらっしゃいませんか? お昼過ぎに、教会へ来てください。神の御業で、どんな難しい病でもたちどころに治りますよ」

 午前中にそうやって人々を誘い、午後は教会で、集まった人々に〈癒し〉を行う。(そして、ヨハヌカン先輩が免罪符を売る)。それが僕らの毎日の仕事だった。

 僕は家々を一軒ずつ訪ね、また、すれ違う町人にも話しかけ、「教会へ来てください」という口上を繰り返した。
 紺碧の空にはくもり一つなく、まるで僕の内心のようだった。
 息せき切って駆けてきたミーナの祖父にぶつかるまでは。

「た、大変だ、使徒様! 兵士どもが、あんたを探してる!」

 ぜえぜえあえぎながら、老人は聞き取りにくい言葉を絞り出した。

「長槍を持った駐屯兵が『坊主を捕らえろ』とわめきながら、町じゅうを駆け回ってるんじゃ。どうか、隠れてくれ……逃げてくれ」

 老人の言葉は正しかった。まもなく、あちこちの町角で、武装した駐屯兵の姿を見かけるようになった。物陰からこっそり確認してみると、教会の周囲も駐屯兵でいっぱいだった。

 僕はヨハヌカン先輩のことが気になった。
 兵士たちが探しているのが「坊主」なら、先輩も捕らえられているかもしれない。
 けれども、先輩の安否を確かめるすべはなかった。泊っている宿屋へ戻ってみたが、すでにそこも兵士に囲まれていた。

 僕はやむなく町を脱出し、商都ノクタルムに向かった。
 教務支庁へ行って、ヨハヌカン先輩のことを相談するためだ。



 各地に置かれている教務支庁は、ドヴァラス正教教会本部の出張所だ。全国を旅する使徒たちの窓口として機能している。使徒はここで売上金を報告・上納し、免罪符を補充し、教団本部からの連絡や指示を受け、困ったことがあれば相談する。

 バンディアスタラー管区北部を統括する教務支庁は、商都ノクタルムの中心部にそびえ立っていた。白亜の立派な建物だ。
 僕が受付に出頭して事情を話すと、追って沙汰があるまで、付属の宿坊で待機するようにと指示された。

「長官室へ出頭するように」

という呼び出しがあったのは、僕が宿坊で寝起きを始めて五日目のことだった。

 長官室は、明るくて広々した部屋だった。壁のほとんどは背の高い書棚で覆われていたが、大きな窓が庭園に向かって開いており、たっぷりと日光を迎え入れていた。

 部屋の奥に大きな机があり、その向こうに長官が座っていた。長官のすぐ隣には、秘書官がたたずんでいる。

 けれども僕の注意をとらえたのは、その二人ではなかった。長官の机の前に、ヨハヌカン先輩が立っていたのだ。
 僕は駆け寄った。

「先輩! よかった、無事だったんですね!」

 先輩は僕を振り返り、「しーっ」と言いながらひとさし指を口元に当てた。数日会わなかっただけなのに、先輩は少し痩せたようだ。やつれている、というのが正しい。

「無事じゃないよ、全然。クレクレマー長官のお力で、なんとか牢獄から出してもらえたが……拷問の傷も教務支庁ここで癒してもらえたが……まだ、気分がすぐれない。心の傷というのは、法術では癒せないものだからね」

「あとで、僕の〈癒し〉も受けてください。元気が出るかもしれませんよ」

「声が大きいよ、シグルド。長官の前だぞ。……私より、そこのアルルカ君を癒してやったらどうだい。彼も私と同じように、駐屯兵に捕らえられ、尋問という名の拷問を受けていたんだ。……見たところ、まだ治りきっていないようだ」

 ヨハヌカン先輩にそう言われるまで、僕は気づいてもいなかった。先輩の隣に立っている、やけに影が薄い中年の使徒に。アルルカと呼ばれたその使徒は、まるで屍のように血の通わない顔色をして、小刻みに震えていた。明らかに、ひどく具合が悪そうだった。

「アルルカ君。気分が悪いなら、腰かけてもいいのよ」

 使いこまれた楽器のように深い響きを持つ、よく通る声が響いた。
 机の向こうから、長官が慈悲深い笑みをこちらへ向けていた。

 長官は、普通の人の三人分ぐらいの体積がある大柄な女性だ。白髪と色白の肌、まんまるな顔のせいで、絵本に描かれている雪だるまみたいに見える。肉づきの良い顔に皺はほとんどないが、長官という重責を担うだけの人だから、相当な高齢なのかもしれない。

 大丈夫です、ありがとうございます、とアルルカがかぼそい声で答えた。
 長官は、傍らに立つ秘書官に視線を移した。

「トリスティス君はどうしたの?」
「も、申し訳ございません。すぐに来ることになっているはずですが……」

 秘書官が長官にぺこぺこ頭を下げ始めた、そのとき。
 ばぁぁぁん、と派手な音を立てて扉が開いた。低い背丈を目いっぱい伸ばし、ふんぞり返るようにして長官室に歩み入ってきたのは、ゴーダム邸で出会った例の使徒だった。禍々しい守護天使〈アヴァドゥータ〉の使い手。

「……ロラン・トリスティス……!」

 ヨハヌカン先輩がいまいましそうにつぶやくのが、僕の耳に届いた。

 僕はあらためて小男を眺めた。すると、この男のことだったのか。ヨハヌカン先輩が前に話していたのは。
 教団内で最強の法術の使い手。二年連続で免罪符の売上が教団トップだという若手使徒。
 そんな風には見えないんだよな。確かに、妙に存在感のある男だけど、何と言っても小さすぎる。並んで立ったら、背丈は僕の肩にも届かないぐらいじゃないだろうか。

 ロランが足を止め、目を細めて僕を見据えた。そうでなくても凶悪な人相が、いっそう極悪になった。

「てめぇ、今……『こいつチビだな』と考えやがったな?」

 僕には言い訳をする暇も与えられなかった。目の前からロランの姿が消えた、かと思うと、みぞおちに痛烈な一撃を受け、息が詰まった。苦しい――呼吸ができない。

「教務支庁で暴力はやめろと、何度言ったらわかるのかね、トリスティス君!」

という秘書官の叫びが、ひどく遠く聞こえた。
 僕は人並み外れて頑健なたち・・で、多少殴られても撫でられた程度にしか感じたことがない。でも、急所を的確に打たれると、こんなにも痛いものなのか。

 ようやく立ち直った僕が体を起こすと、ロランは、僕を殴ったことなど忘れ去ったかのように、平然と椅子に腰かけていた。室内の全員が――体調の悪そうなアルルカでさえ、長官に敬意を表して立ったままなのに。

「よぉ、ひさしぶりだな、アルルカ先輩。牢獄の居心地はどうだった?」
「よくも、ぬけぬけとっ……! 私があんな目に遭ったのは君のせいなのにっ……!」

 ロランの言葉に、アルルカは顔を歪めた。怒りのせいか、蒼白だった頬に少し血の気が戻ってきた。
 ロランはふんと鼻を鳴らした。

「駐屯兵に捕まったのは、あんたがトロいせいだ。いつも言ってんだろ、『足手まといにはなるな』って。槍を向けられたぐらいで腰を抜かすなんて、あり得ねぇよ」
「わっ……私が悪いみたいに言うなっ……」

 驚いたことに、アルルカの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
 僕の心はたちまち、アルルカへの同情で満たされた。詳しいいきさつはわからないが、悪いのは絶対にロランだろう、と確信できた。

 すすり泣くアルルカをそのままにして、ロランは長官に向き直り、

「で、今日は何の用なんだ、長官? また懲戒処分か?」

と、上級者に対する尊敬の念がまるっきり含まれない口調で尋ねた。

 長官は気分を害した様子を見せなかった。そのふくよかな顔に浮かぶ穏やかな笑みは揺らがない。さすがは高僧だ。神に仕える者は、こうありたい。
 しかつめらしい顔をした秘書官が、代わって答えた。

「地方総督から教団に対して、お尋ね者二名の引き渡し請求が来ている。ガンツ・ゴーダム氏の屋敷に不法侵入し、暴行、傷害、器物損壊などの狼藉を働いた重罪人だ。かくまうつもりなら、教団も同罪とみなし、バンディアステラー管区でのドヴァラス正教の布教を禁止することも考えている、とのことだ」

 秘書官は、手にした二枚の手配書をひらひらと振ってみせた。

「人相書きから察するに、手配されている二人というのは君たちのようだな。ロラン・トリスティス君、そして、シグルド・エスフェル君」

 え、僕!?
 忘れかけていた憤りが一気によみがえった。僕は秘書官に向かって一歩踏み出し、腹の底から声を張り上げていた。

「僕は何も悪いことはしていません! 僕はただ、さらわれた女の子を助けに行っただけです!」
「ちょっと、よせよ、シグルド」

 ヨハヌカン先輩が後ろから僕の教服をつんつんと引っぱっている。僕は振り返らなかった。

「ガンツ・ゴーダムは、罪もない人々に暴力をふるい、女性をさらっては欲望のはけ口にしていました。それなのに、駐屯兵はゴーダムの味方をしていたんです。重罪人なのは僕たちじゃなく、ゴーダムの方だ。もし地方総督がゴーダムの肩を持つというなら……地方総督も同罪です」
「やめろ。口を慎め。自分が教団に迷惑をかけてるという自覚はないのか?」

 ヨハヌカン先輩の切迫した囁きは、僕を止める役には立たなかった。僕は、自分は間違っていないという固い信念をもって、胸を張っていた。すると、

「――引き渡し請求、ときたか」

 横あいから、嘲笑をはっきりにじませたロランの声が響いた。

「使徒には、国から、布教の自由が認められてるはずだ。法術の行使は罪にはならねえ。たとえ心臓が止まる寸前まで黒焦げにしたとしても。そういう決まりじゃねえのかよ」
「建前上はその通りだが……地方総督が非常にご立腹なのだ。ゴーダム氏がすっかり腑抜ふぬけてしまったのが許せない、とおっしゃっている。地方総督とゴーダム氏は親しかったからな」
と、秘書官。
「ちぃっ、くだらねえ。じゃあ、地方総督も仲良く黒焦げにしてやるよ。どーせあのおっさんだって、叩けば埃がいくらでも出る身だろ?」
「やめなさい! 地方総督に手を出すんじゃない。ドヴァラス正教は国の庇護を受けている宗教だということを忘れるな。国があってこその、われわれだ。国を支える立派な方々に害をなすなど、許されると思っているのか」
「知ったことか。俺は、神にのみ従う」

 すると長官が、穏やかな笑顔のまま、肉付きの良い手を打ち合わせた。ぱんぱん、とびっくりするほど鮮やかな音が、高い天井にこだました。

「トリスティス君、エスフェル君、落ち着いて。ちょっと伝え方が良くなかったみたいですね。……心配しなくてもいいわ。布教活動を理由に、使徒を総督府に引き渡したりなどしません。私たちには、国から、布教の自由が与えられているのですから」

 響きの良い声で、長官が宣言した。

「けれども、それでは、地方総督も気が済まないでしょうから……多少はこちらからも譲歩を見せなくては」
「譲歩?」

 僕は訊き返さずにはいられなかった。今や僕は机のすぐそばに立っているので、机の向こうの長官の顔が、細かいところまでよく見えた。真っ白でふくよかな顔が笑みを深めると、えくぼがくっきり浮かび上がった。

「皆さん。あなたたちにはカロリック管区への赴任を命じます。このバンディアスタラー管区を統括する地方総督の権力は、他の管区にまでは及びませんから、カロリックへ行けば安全です。もう二度と金輪際、バンディアスタラーへ戻ってきてはいけませんよ」

 僕はうなずいた。無難な解決策だ、と感じた。カロリック管区はバンディアスタラー管区のすぐ南にある。この商都ノクタルムからなら、二日ほど歩けば着く距離だ。
 けれども「ええっ」と異議の声を上げた人がいた。ヨハヌカン先輩だった。僕は少し驚いた。ふだんのヨハヌカン先輩は、上級者にたてつくような人じゃない。

「恐れながら長官っ……! 私もバンディアスタラーを出なくてはいけませんか? 私は地方総督からお尋ね者の手配を受けていないのに……! どうか、どうか私をこの管区に置いてください。こんなにおいしい・・・・狩場から……あ、いや、この管区から追い出さないでください」

 ヨハヌカン先輩は長官の机のすぐそばまで歩み寄り、身を乗り出すようにして懇願した。
 すると、べそをかいていたアルルカまで、長官の机に歩み寄ってきた。

「お願いです、長官。私とロラン・トリスティスの同行を解除してください。この男のせいで私は、駐屯兵に追い回されて、牢獄にまで入れられたんです。それだけじゃありません。地元のやくざともめたり、ロランを恨む輩に殴られたり……この男の巻き添えを食らって、これまでどれほどひどい目に遭ってきたことか。もう我慢できません」

 ヨハヌカン先輩、アルルカ、僕の三人が、長官の机のすぐ前へつめ寄るような格好になった。

「下がれ、三人とも! 無礼だぞ!」

 秘書官が、長官との距離を詰めすぎた僕らを追い払おうとした。
 長官は僕らの無礼を気にしている様子もない。慈悲深い笑顔のまましばらく考え込んでいたが、やがて、小刻みに何度もうなずいた。

「わかりました。話は決まったようですね」
「え? 何か決まりましたか?」

 秘書官が戸惑いの声をあげる。

 長官は、僕たち一人一人の顔を順に見回し、深い響きの声で語り始めた。

「始祖ドヴァラスは『この世の根源は「二」という数字である』とおっしゃった。一では何も生まれない。万物を生み出すのは二です。使徒が二人で同行するよう教団の規則で定めているのも、それが理由なんですよ。
 そして……めったにないことなのですが……二から生まれる驚異的な力を、あなたたちも体験できるかもしれません。同行者同士の心がぴたりと同じ方向に揃ったとき、二人の魂が共鳴して、途方もなく大きな法力が引き出されることがあると聞きます。〈調和コンコルディア〉。それは神の望み、この世の摂理にかなった状態。その境地に至れる人たちはほとんどいません。二人の実力が高く、かつ拮抗していることが条件ですので。
 あなたたちがすばらしいペアになって、一足す一が十にも百にもなるような〈調和〉を生み出せることを願っていますよ」


 長官が命じたのは、ペアの組み換えだった。
 新たに同行者となったヨハヌカン先輩とアルルカは満面の笑顔でがっちり握手を交わし、意気揚々と教務支庁を出て行った。二人はこれまで通り、バンディアスタラー管区で布教を続けるのだ。

 そして、残された僕は――教務支庁の玄関ホールで、仏頂面のロランと向き合って立っていた。僕たちの出発を見送ろうと、秘書官も傍らに立っている。
 足元に転がっているのは、大きな灰色の袋が二つ。
 本部から支給される旅のための装備だ。野営用の簡単なテントや毛布、調理器具、売上台帳、旅に必要な情報が書かれた分厚い資料などが入っている。僕たち二人の共用の荷物ということになる。

「荷物持ちは、てめぇの担当だ」

と、ロランがいきなり言い放った。
 僕はむっとした。荷物の山越しにこちらを睨みつけてくる眼光は、これまで何十人も殺したことがありそうな迫力で、正直足がすくみそうだが、されっぱなしでいるわけにはいかない。

「命令しないでもらえるかな。いくら売上成績が良くたって、使徒の間には序列なんかないんだよ。神の目から見れば、どの使徒も同等なんだから。なんで僕だけが荷物持ちを担当しなくちゃならないんだ?」
「おまえ、今年高等神学校を卒業したばかりだろ? 俺は三年目。つまり、俺の方が先輩だ。後輩は先輩を敬いやがれ」

 それは、そうかもしれないけど……。
 たかが二年の差で先輩づらされることに納得できず、僕はロランを睨み返した。

 実のところ、こんな荷物など、僕の腕力ならまったく負担にならない。ヨハヌカン先輩と旅していたときも、共用の荷物は僕が二袋とも運んでいた。最初は二人で分担していたのだが――それをやると、先輩の歩く速度が極端に遅くなる。すぐにへとへとになる先輩のため、何度も止まって休憩しなければならない。僕一人で全部運ぶほうが早い、と引き受けていたのだ。

「わかったよ。僕が全部運んであげる・・・。君みたいに小柄な人には、こんな重い荷物を持つのは負担だよね。気がつかなくて悪かった」

 僕はロランの動きを目で追うことはできなかった。殺気を感じたとたん、とっさに荷物の袋を持ち上げて下半身を守ったのは、ただの勘だ。見たところ、ロランは相手の急所を狙って攻撃するタイプだし、僕の上半身の急所である顔を攻撃するには、身長が足りていない。
 小柄な体躯からは思いもかけないほど強力な打撃が荷物の塊に食い込み、金属製の食器がぶつかり合うにぎやかな音が響いた。

 ロランは、ほんの一瞬だけ、戸惑った様子を見せた。僕が重い荷物をこんなにすばやく持ち上げられるとは予想していなかったのだろう。
 けれども次の瞬間、僕は左の腰に痛烈な一撃を食らってよろめいた。ロランがすかさず、荷物をよけて横ざまに蹴りを入れてきたのだ。
 かなり痛い。これ、普通の人なら、痛みで立てなくなるような蹴りだな。僕は普通以上に頑丈なので、よろめくだけで済んだが。

「喧嘩はやめなさい! 神の使いともあろう者が、なんという体たらくだ!」

 秘書官の叱責の声がホールに響きわたった。
 ロランはさっさと扉から屋外へ出ていってしまった。僕は二つの荷物袋をかつぎ上げ、その後を追った。

     ◇ ◇ ◇

 チャニア帝国暦九二八年。ドヴァラス正教の最高祭司にして神の代理人である教皇デズデモーナ三世は、後に「教勢復活令」と呼ばれることになる指令を発した。その目的は、長らく停滞している教勢を盛り返し、約百年前の「躍進期」のような活気を教内に取り戻すことだった。

 かつて多くの使徒が布教熱に駆り立てられて大陸全土に散った「躍進期」には、神の教えが爆発的に広がった。どの町にも教会が築かれ、祭典日には信者があふれ返った。それはちょうどチャニア帝国が周囲の異民族との果てしない戦争を繰り広げている時代で、帝国の国境の拡大に合わせて、ドヴァラス正教もその勢力圏を広げていったのだ。けれどもドヴァラス正教はチャニア帝国の国教となってから勢いを失った。戦乱の時代が終わると、人々は平和と繁栄に酔い、神を忘れた。多くの信者が去り、教会はさびれていった。

 そんな現状を改革しようと立ち上がったのが教皇デズデモーナ三世だ。教皇は各地方に高等神学校を置いて、布教の専門家である使徒を積極的に育成し、それを全大陸へ派遣した。廃屋と化してしまった全国の教会に、再び灯をともすために。
 同時に教皇は、帝都アレリーズを中心にいくつもの巨大神殿を建築する方針を打ち出した。神殿建築という大事業が信者を鼓舞し、教勢を盛り上げるのではないかと期待したからだ。神殿建築の費用は、免罪符の販売で賄われることになった。

 こうして大勢の使徒が、「教会復興」と「免罪符の販売拡張」という二つの使命を担って、帝国全域に旅立っていった。

 僕がロラン・トリスティスと共に帝国南端のカロリック大平原へ足を踏み入れたのは、帝国暦九四三年のことだった。


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