言葉の抑圧から解放される簡単な方法
それはコミュニケーションです。
コミュニケーションは自己目的的です。
つまり、コミュニケーションを持続させることがコミュニケーションの目的です。
コミュニケーションを持続させることができるには、とある条件が成立する必要があります。
AとBのふたりが言葉を使ってコミュニケーションをするとして、
その条件とは、AとBとが違い続ける、ということです。
完全な同意を目指さない。
完全な同意が成立した時点で、コミュニケーションは終了するから。
そもそもでいえば、AとBとは違う存在です。
AとBはどこまで行っても違うのだから「完全な同意」などはそもそも成立しようがないはずのことです。
その成立しようのないはずのことをしようとするところから抑圧は生まれる。
AがBに同意する。
BがAに同意する。
Aの意見でもBの意見でもないところで同意する。
いずれにしても、同意をみた意見はAの意見ではない、あるいはBの意見ではない、もしかしたらAの意見でもBの意見でもない。
なのに、同意をしなければならないという強迫観念に囚われてしまう。言葉はそのようにして用いなければならないのだと、幼い頃から大人たちに刷り込まれてしまっている。
その「刷り込み」こそが抑圧を生む自縛になっている。
自縛から逃れるには本当のコミュニケーションをすればいい。
AとBとが違い続けるためのコミュニケーション。
AとBとの違いを生み続けるためのコミュニケーション。
感じるままに。