オキナワンロックドリフターvol.39

5ヶ月ぶりに会ったアキちゃんは、髪が少し伸びていた。そして、いつも手にしていたカメラがなかった。売るかなんかして手放したのだろうか?少し寂しい気持ちになった。
けれど、北谷のビュッフェレストランで働く傍らこのゲストハウスのヘルパーをしていることをアキちゃんは大変だよーとぼやきつつも嬉々として話している。今はとても幸せなのだろう。眩しさに目を細めた。ベッドに横たわりつつアキちゃんやセリアさんと話しているとメールがきた。コウさんからだ。コザに着いたという。会いに行かなきゃと思うのに足が動かず体がだるい。申し訳ないが行けそうもないというのを体の変調の方が勝り、メール送信してしまった。返信はなかった。ああ、また失点だと思いながらもこの体のだるさはどういうことなのだろうか。結局、午後15時まで蒸し暑いドミトリーで私は寝て過ごした。
やっと体のだるさが消えて歩けるようになった。
オフ会はセブンスヘブンコザで19時半。
それまで散歩でもしよう。
まずはコザ食堂に挨拶だ。
アイスクリームなら食べられそうだったので、ブルーシールのチョコミントアイスを栄子マーマーにオーダーし、軽い雑談をした。
「正男さん、どうしているかね」
栄子マーマーからのんびりとした口調で問われたものの、俊雄さんに会って話をしていないから近況はわからない。私が難しそうな顔をしていると「元気だしなさい!」とマーマーはバシバシと肩を叩かれた。私は苦笑いしつつ、頷いた。
次はオーシャンだ。ヤッシーさんのタコスを今度こそは食べられるだろうか?わくわくしつつ来店したら、ヤッシーさんはギターを爪弾きながら唄っていた。
「お久しぶりです」と挨拶すると、「おう」と軽く手をあげられた。塩対応が少し軟化している。それがなんだか嬉しくなった。
ダメ元でタコスをオーダーしようとするも「ない!食事はやめた」ときっぱり。そんな、フードメニューがないなんて。どういうことだろう。
「俺は歌に生きる!」
ヤッシーさんのどや顔を見て呆気にとられていると常連客の一人でオレンジレンジのオフィシャルショップの店長・ヤスシさんが補足された。
もともとヤッシーさんはミュージシャン志向があり、音楽活動に集中するために春からフードメニューをきっぱりやめて、時間があればギターを掻き鳴らしているという。
夢に向かって邁進かあと感心すると同時に、オーシャンのタコスを食べる機会が失われたことに肩を落とした。コザンチュないし、コザリピーターが大絶賛するタコスは幻となったのだ。
結局、ヤッシーさんの音楽活動の意気込みを聞きながら私はコーラを一杯飲んでおいとました。
タコスにありつけないことにがっくりしながらゲート通りや一番街を歩いた。
わずか5ヶ月の間に消えていった店が増えた。
特に、南京食堂の閉店は私の心をさらに寒々とさせた。人気のない食堂に、旦那さんの字だろうか雄々しい筆で「電話加入権売ります」と書かれていた。結局、ご夫婦は息子さんたちに呼ばれてアメリカに渡ってしまうのだと思うと寂しさばかりが募っていった。
2004年あたりからコザの街が中の町ミュージックタウン構想の影響かどんどん変わっていった。
パルミラ通りのクレープ屋、山里三叉路近くの古本屋、一番街の雑貨屋、ドリームショップ企画でオープンするも撤退していったライブハウスや飲食店……。
櫛の刃が欠けていくように閉店していった店やその跡地をぼんやり眺め、私は中の町沿いに設置されている落書きだらけのベンチに腰かけた。
しかも、週末だというのに人通りもまばらなのもやりきれなさでいっぱいにさせた。
コザが目まぐるしく変わっていく。しかも、あまりいいとは思えない方向で。
たった3度の来沖とはいえ、コザという街に愛しさと親しみを抱きだした私にはこの変化はつらかった。
しばらくベンチに座って街の景色を目に焼き付けていると日が暮れはじめた。
そろそろセブンスに行こうかなと立ち上がり、けれどもう少し街を目に焼き付けようと未練たらしくもう一度ゲート通りを早足でうろついた。
その時だった。
私の視界に銀色の尻尾が過った。振り返ると、ジミーさんが一番街沿いのアーケードに設置されたテーブルでかっちゃんバンドでベースをやっているゲンちゃんと、ミュージシャン仲間だろうかタトゥーだらけの外国人と話をされていた。
「ジミーさん!」
私は涙目でジミーさんに駆け寄った。
ジミーさんは体当たりをするかのように近づく涙目の私を困ったような笑顔で受け止めてくださった。
「おー、よしよし。泣かないで」でとぐずる子どもをあやすように髪を撫でながら。
しかし……。
抱きついたジミーさんからいつか嗅いだ奇妙な匂いがして私は驚いて身体を離した。
腐った肉を線香で燻したような匂いがした。
この匂いを嗅いだのは17の頃だった。癌が進行し、寝たきりになった母がこんな匂いを放っていた。
それは死にゆく人が放つ匂いだった。
ジミーさんは近いうちにいなくなるんだ。私は確信した。
私はジミーさんの顔をじっと見た。笑顔だけれど、どこか遠くに思いを馳せているようなそんな笑顔だった。ジミーさんはもう既に自分の残り時間を悟っていたのかもしれない。
せめてひとつ想い出をもらおう。これでジミーさんともう会えなくなるのなら。
「写真お願いできますか?」私はジミーさんにお願いした。
どろどろの泣きあとの残る顔でジミーさんを後ろからそっとハグした写真。
それが最初で最後のジミーさんと一緒に撮った写真だった。
写真を撮ってくださったゲンちゃんと外国人の方にお礼を言い、私はジミーさんからそっと身体を離した。
私は三方に握手をして別れた。ジミーさんには、せめてもの気休めかもしれないけれど、「いつまでもお元気で」の言葉を添えて。
ジミーさんはまた、遠い笑顔をし、ひとりごちるように呟かれた。
「これからは女のエキスでも啜りながら余生を送るよー」と。
その言葉に相変わらずだなと肩をすくめながらも私は遠くを見つめるようなジミーさんの横顔をちらりと見、ジミーさんが手にしているのがお酒でなく缶コーヒーであることに少し安心しながらきびすを返し、振り返らずに駆け出した。
それがジミーさんとの永の別れだった。

(オキナワンロックドリフターvol.40へ続く……)

文責・コサイミキ

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