悲劇的バーベキューⅢ

それ、あたしのじゃない。

 まさか。雄介は慌てた。微かに以前の女をちらつかせることが有効なのはたしかだが、これは致命的だ。ピンクのシュシュは確かに友子がつけていた記憶がある。

「あれ、そうだっけ、ごめん。とりあえず、ご飯食べよ? 」

雄介、いい加減にして。

 悪寒がした。恐ろしいと思った。彼女は落ち着き払って、まるで親が子供に言い聞かせるように言った。雄介は自分が尻尾を切ったトカゲのように感じていろいろなことを考えた。謝ったら許してもらえるだろうか、それともキス? 高級レストランでディナー? 

いま、雄介はあたしにどうやって詫びよう、って思ってるんでしょう? 

 彼女に隠し事はできない。そういう勘のいい女であることはわかっていた。友子と別れてすぐ、彼女と急接近した。それは別に雄介に性欲が溢れていたからだとか、たまたま転がっていた都合のいい女というのではなくて、彼女が魅力的な女だったのだ。彼女は聡明な女だった。雄介の拘りと、矮小な自尊心をよく理解していた。そのことが雄介には心地よくて、彼女に初めてキスしたとき彼は熱くて透明な雫がふたりの唇の間で弾けて滑らかにし、それから弾けた飛沫が彼女の全てを美しくするのを感じていた。

違うよ、あたしは、別に、シュシュのことで怒ってるんじゃないの

 雄介は更に困惑した。じゃあ、なんのことで怒っているんだ? 雄介は、彼女のことが強大な敵のように見え、これまでの下卑た、単純明快な女たちとの経験値では解決できない問題に直面していた。女というブラックボックスを通した思考が理解できないことは雄介にとって初めての経験だった。
「じゃあ、なんのことで怒っているの? フレンチトースト、冷めちゃう」
 フレンチトーストなんか、どうでもいい、という目で彼女は皿の上を見て、それから雄介の手に握られたピンクのシュシュに移り、最後に彼女は雄介の目を見た。雄介も困った様子で彼女の目を見つめた。ふたりの目と目の間には、熱い雫ではなく、ただもう、廃れ腐った、小動物の屍体のような、そんな黒い何かが生まれ始めていた。

わからないなら、いいわ

 雄介の中で何かが弾けた。雄介が次に気付いたとき、右手には昨夜のバーベキューで使ったランタンが握られていて、裸の彼女が頭を抱えて怯えていた。雄介は急にカニバリズムを感じて、ごめん、と小さな、誰にいうわけでもないような小さな声で、呟いた。
 女は歯をかたかたと鳴らしながら、ごめんなさい、ごめんなさい、と幾度も繰り返していた。乳房からは爪で引っ掻いたような傷跡がつき、体のいたるところに青い痣があった。

「ごめん。僕は、君に……」

ううん、そのシュシュ、やっぱりあたしのだった

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