ポップ・インドネシアを聴こう!SurgaMu

SurgaMu

天国(直訳:あなたの天国)

歌手:Ungu

Segala yang ada dalam hidupku
Kusadari semua milikMu
Ku hanya hambaMu yang berlumur dosa

わたしの人生のすべては
定められたものだと知った
わたしは罪に穢れたしもべです

Tunjukkan aku jalan lurusMu
Untuk menggapai SurgaMu
Terangiku dalam setiap langkah hidupku

正しい道を示してください
天の国に引き上げられるために
わたしの歩みを照らしてください

Karena Kutahu
Hanya Engkau Tuhanku

あなただけが主であると
わたしは知っています

Allahu Akbar
Allah Maha Besar
Ku memujaMu di setiap waktu

神は偉大なり
いつもあなたを讃えます

Hanyalah padaMu
Tempatku berteduh
Memohon ridho dan ampunanMu

わたしはあなただけを頼り
ゆるしを乞うことができるのです

コメント

 曲名からしてごりごりのインドネシア・イスラームポップスです。この曲を歌っているUnguはインドネシアでも人気を誇るメジャーバンドのひとつですが、このような宗教的な曲が目立つのが特徴です。この曲はカトリック教徒の僕が聴いてもいい曲だなと思うのですが、インドネシアの非ムスリムはあまり聴かないのかもしれません。というのも、Unguのこの曲が好きだ、というと、ムスリムからも非ムスリムからも「ムスリムでもないのに変わったやつだな」といった反応をもらうことが多いからです。

 インドネシア語は接尾辞をつける際に、相手が神である場合は-Mu(二人称)や-Nya(三人称)など大文字にする原則があります。聖書など神が一人称で発言する場面では-Kuもあります。逆にいえば単語のうしろに大文字で始まる人称の接尾辞がついていると神であるというのがすぐにわかるということです。SurgaMuも、天国(surga)+Muで、天国の時点でわかると言えばそうですが神の国だということを指しています。

 僕がマレーシアに留学していたとき、僕の寮の部屋はスピーカーのすぐ隣にありました。イスラーム圏でスピーカーの隣というのは、防災無線どころではなく一日五回のアザーン(礼拝を呼びかけるもの)が爆音で流れ、さらには寮の礼拝堂での説教がときに夜中に寮じゅうに響くということを意味しています。

 アザーンはすぐに慣れるのですが、この説教が曲者でした。おそらくは礼拝堂に来ない/来れない学生に聞かせるためのものなのでしょうが、ちょうど夜勉強する時間に流れてくるので、熱心でないどころかそもそもムスリムですらない僕にはちょっとした拷問でした。

 そこで発想の転換、敢えてこの声をしっかり聞きはじめたのです。マレー語の習得には宗教的知識も必須です。僕がやたら宗教面の語彙に強いのは、マレー語やインドネシア語でカトリック教会のミサやプロテスタント教会の礼拝に出席していたこともあるのですが、やはりこの寮での経験は大きかったです。ちなみにマレー語/インドネシア語では一神教関係の語彙をイスラーム=アラビア語から借用することがよくあります。ちょっとした文章ならキリスト教なのかイスラームなのかわからないこともあります。幸いなことに説教はマレー語でした。

 マレー語/インドネシア語を通じて、自分のキリスト教信仰とイスラームの同じところや違いをある程度、感覚的に身に付けたなと思います。もっとも、先述のとおりイスラームからキリスト教に語彙や表現を借用したという事情があるので似たようなものだと感じているだけかもしれませんが、この曲のようなのをたぶんインドネシアのクリスチャンも似たような曲を作るはずです。

 ともあれインドネシアにはこのような宗教ポップスともいえる曲があるというのを知っていただければと思います。けっこう聴きやすくていい曲が多いです。

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